甘く、切なく、透明な
 徹くんというのは、フィルムズの掲示板の人で、自主映画を撮っている人で、沙耶子もメールのやりとりをしたことがあるくらいの人だった。

「彼と今度三人で会わない?」

 奥島は、この前の休みに徹と会ったのだと言った。そして、彼の今までの映画を見て、惚れてしまったのだという。

 これは恋なんだ、と奥島は言った。それは自分を奮い立たせる決意のようだった。沙耶子は混乱のまま、奥島の提案を受け入れて、それからは二人で会うことは無くなった。

 徹は沙耶子よりも三つ年上の、奥島より二つ年下の好青年だった。

 いつでも明るい笑みを絶やさず、すぐに映画の話をした。沙耶子はもちろん、徹の話など聞いていなかった。沙耶子の目は奥島に向いて、その彼が徹の言葉で心を満たすのを間近に見つめていた。正樹さん、と徹が奥島の名を呼ぶたびに、彼が高揚するのを、ただ見つめていた。

 沙耶子は苦しんでいた。奥島の沙耶子に対する言葉はきれいなままで、それはちっとも色を変えなかった。

 けれど、奥島の恋が向かう先は確かに徹で、それは沙耶子への感情よりも浮ついた、幼さが感じられた。そして何より、沙耶子は、奥島の言葉を彼女以上に理解していると思えない徹に歯噛みした。

 奥島は徹に思いを伝えることはせず、このまま三人でいることを幸せに感じているようだった。沙耶子は自分でも驚くほど、冷徹にその恋が冷めるのを待っていた。

 男同士の恋愛が叶うはずがない――。沙耶子は初めて自分の「女」を意識した。

 その醜さは奥島のくれる言葉の外にいるものだった。これ以上、沙耶子は自分の醜態が露呈するのを恐れて、早く奥島の恋が終わればいいと思った。

 けれど、奥島は徹を見つめ続け、その視線の強さに比例して、いつしか沙耶子の心は林檎のように腐っていった。外側の赤に、腐臭が黒く染み出る頃には、もう林檎の中身はぐずぐずに溶けているのだ。

 そんな中、事態はさらなる悪化を遂げた。

 三人で食事中、奥島が席を外したのを見計らうかのように、徹が沙耶子に好きだ、と告げたのだ。その瞬間、沙耶子の心は腐り落ち、その中心から覗いた「女」が牙を剥いた。
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