ミラージュ

先輩にいじられながらスターティングブロックに足をかける。最近あんまりタイムが伸びない。というか、あたしはスタートが苦手だった。

短距離選手にとって、スタートは命なのに。

いつもの様に膝をつけ、その前に手をつく。肩幅より少しだけ広くして。

「オッケー!」

先輩が大きく腕で丸を作った。それを確認し、他の先輩が火薬を詰める。

いくら練習でも、この瞬間はいつも緊張する。

「…もう少し」

突然斜め上から声がして、あたしは驚いた。顔を上げなくてもわかる。そこに立っているのは、浅井良平だ。

「もう少し肩、前出して」

そこであたしは、ようやくこれがアドバイスだということに気付く。慌てて少しだけ肩を前に出した。
いつもと違う体制。何だか落ち着かない。

「よーい」

先輩の声が耳に届いた。あたしはいつもの様に腰を浮かせる。と同時に、体が今までよりも前のめりになっていることに気付いた。

飛び出せそう。

パァンッというピストルの音と共に、あたしは自分でもびっくりするくらい大きく飛び出した。体が勝手に動く。目の前に吸い込まれる様に、あたしは綺麗なスタートが切れた。

こんなに気持ちいいスタートは、初めてだ。

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