さよなら、もう一人のわたし
「待っていてくれてありがとう」
「本当はお兄ちゃんに待っていてもらおうと思ったのに、先に帰っちゃったのよ」
千春は肩をすくめる。
「千春、あまり尚志さんを困らせたらだめだよ」
わたしは千春をたしなめた。
「そんなに怒らないでよ。本当のことだもん」
「尚志さんがわたしのことを好きなわけないでしょう?」
「好きだと思うよ」
彼女はそう胸を張っていったあと、わたしを見て肩をすくめた。
「この話は一度、これで終わりかな。映画、頑張ってね」
「ありがとう」
千春は目を細める。彼女は視線を足元に向けると、首を横に振った。
「京香は自分のお父さんのこと知らない?」
「わたしのお父さん?」
「どんな人なのか知らないのよね?」
千春は確認するように言った。
「うん。全くね」
「お父さんに会いたい?」
千春は首をかしげ、わたしの顔を覗き込む。
「どうだろう。どっちでもいいかな」
お父さんのことなんて考えたこともなかった。
それは紛れもない本心だった。母親と結婚しなかったということは、多分結婚できない事情があったのだろう。
妻子がいたり、母親とのことは遊びだったり。だが、母はわたしを産んだ。だから、本当の父親に会うことで母親が苦しむ可能性があるのなら会いたいとは思わなかった。