さよなら、もう一人のわたし
 千春は壁にもたれかかると、寂しそうに微笑んだ。
 その物憂げな瞳を見ていると、心の奥が軽い痛みを感じる。
 千春は彼女の娘ということで悲しい思いをしたこともあったのかもしれない。

「おどろいた?」
「かなり。水絵さんはどうしているの?」
「亡くなったよ。今から十年前にね。アルバム見る?」

 わたしは驚きのあまり声を漏らした。彼女の言葉を再度思い出し、首を横に振った。

「無理に見せなくてもいいよ」

「わたしに気を使っているの?」

 千春は眉間にしわを寄せ、わたしの顔を覗き込む。

「なんか千春を利用したみたいにならないかなって」

 千春の人差し指がわたしの額をつついた。
 わたしは思わず額を押さえて後ずさりした。

「お母さんは女優といってもほとんど名前も知らない人ばかりだし、たいして嫌な思いはしなかったよ。たまには利用して近づこうって人もいたけど、人ってそんなものでしょう?」

 彼女はわたしの心を見透かしたような言葉を告げた。

「そうだね。でも水絵さんが最後に出たCMは結構話題になっていたよね?」

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