ラブ パラドックス
「2つ目の信号を過ぎたところで止まってください」


隣に座っている夏目くんが、運転手にそう告げた。

はっとして車窓の外を確認した。どうやら夏目くんの家の近くらしい。


夜の黒の中に、見慣れない景色が広がる。


夏目くん。

帰らないで。

一人にしないで。


願うだけで口に出せない。それどころか、夏目くんのほうを向けない。


そんな時だった。


シートの上、お互いの小指と小指の背が、軽く触れた。


反射的に離した私の手を、夏目くんの手が追ってきた。

手の甲を、楽に包む大きな手。


———わたしが欲しい手



離せない。離したくない。


夏目くんの手の中で、手のひらを上に向け、指を絡める。


夏目くんが、わたしを見つめる。


いつもの皮肉も、嫌味な目線も、ほんの少しの笑みも、一切ない。


私たちはタクシーが止まるまで、ただただ、見つめ合っていた。
< 174 / 294 >

この作品をシェア

pagetop