火恋 ~ひれん~
 刑事さんに事情を聴かれ、けれど最終的に被害届は出さなかった。
 あの男性は、その行為が他人を脅かす犯罪行為だと諭されて深く反省したと聞いたし、お店にもわたしにも今後一切近付かないという誓約書もしたためたそうだ。
 大ごとにして由里子さんに迷惑を掛けたくも無かった。
 
「結城さんを助けたのはまあ・・・少し面倒な人ですけど、お礼を言う希望があれば会っても構いませんよ。どうします?」

 婦警さんがかなり複雑そうな困り顔で最後にそう言った。 

「会わせてもらますか・・・!」

 男性を取り押さえ通報してくれたというその人は、廊下で誰かと立ち話をしていた。

「相澤が来てるって呼び出されてみりゃ、人助けとはなぁ。ま、たまには徳を積んどけや!」

「・・・勘弁して下さいよ」

「今回は正当防衛だがな? 次はねぇぞ」

「判ってますよ」

 わたしと婦警さんの姿を認めると、年配の刑事さんらしき人は手をひらひらとさせて奥に消えて行った。

「貴方にお礼が言いたいそうですよ、相澤さん」

 どうして婦警さんが苦そうな顔をしてたのか。

 黒いコートの下は光沢のあるグレーの三つ揃い。黒いシャツ紫のネクタイ。後ろに撫でつけた黒髪、風格、威圧感。誰が見ても一目瞭然でヤクザさん。

 
 これが渉(わたる)さんとの出逢い。・・・始まりだった。
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