火恋 ~ひれん~
「・・・災難だったな」

 身長は180センチはあるだろうか。155センチしかないわたしは上を向き視線を合わせようとした。

 鼻筋が通った端正な顔立ちをしている。一重で切れ長の眸。・・・落ち着いて見えるけれど年齢は30代前半ぐらい・・・?
 彼の声には特に感情も込もっておらず、社交辞令に聴こえた。

「あ・・・のっ、助けていただいたそうで、有り難うございました・・・っ」

「いや、・・・たまたま通りがかっただけだ。お陰で来たくもない処に来る羽目になったよ」

 アイザワさんが肩を竦めると、婦警さんは小さく咳払いをした。

「これ以上長居もしたくないんでね。・・・もう引き上げて構わないだろう?」

「どうぞお帰り下さい」

 どちらも事務的に言い放ち、悠然と歩き出した彼を追うようにわたしは慌てて婦警さんに頭を下げる。

「お世話になりました・・・! 色々と有り難うございます」

 何かあったらすぐに相談してくださいね、とにこやかに見送られ、やっと自分にも笑顔が返せるゆとりが戻ったようだった。

 建物の外に出ると彼の姿はどこにも無かった。
 一体どんな風に助けてもらったのか。記憶が飛んでいて曖昧だ。どこの組の人かも分からないし。もっとちゃんとお礼を言うべきだったのに。途方に暮れる。

 腕時計を見ると10時26分。深い溜め息が知らず漏れた。今日の出来事はあれは悪い夢だったんじゃないだろうか。どこか現実味が無い。ストーカーなんてテレビニュースで観るだけの他人事だったのだ。まさか自分の身に起きるなんて。
 
 鉛のように固まった心を引き摺って歩き出す。この大通りならタクシーが拾えるかも知れない。流石にアパートまで歩く気力は残っていなかった。
 警察署を出て左へ。すると路上に停車していた黒い乗用車から降りた人影が。真っ直ぐこちらに向かって来る。一瞬、身構えてでもすぐに彼だと判った。

「・・・アパートまで送ろう」

 人は。目を見れば危険かそうでないかの区別がつく。敵か味方か。
 目の前に立ったこのひとは、とても静かな眼差しをしていたから。
 


 貴方は最初からとても優しいひとだった、・・・渉さん。
 
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