火恋 ~ひれん~
 川沿いから山の中腹にかけて大型ホテルや旅館が点在し、飲食店、土産物店が立ち並んでいる。津和野や倉敷を思わせる、江戸の名残りを再現したような街並み。川にかかる朱塗りの橋の欄干、風情を醸す柳。時代を超えて迷い込んだみたいで。

 山仙楼閣(さんせんろうかく)、と立派な看板を左折して緩いカーブ坂をアルファードは昇ってゆく。
 川辺より少し高い場所に建つそのホテルは創業120年の老舗で、和の趣を大切に考えた優雅な憩い処、という印象だった。



 客室係の仲居さんに部屋に通されて、「こちらは露天風呂付きのお部屋でございます」と笑顔で紹介された時。
 本気で驚いたわたしを見て年配の仲居さんは、

「もしかして、ご主人様が奥様に内緒でプレゼントされた御旅行でございますか?」

と、微笑ましそうにコロコロと笑った。

 わたしと渉さんが泊まる部屋は、入り口の隣りに4帖半の小部屋、小上がりも3帖ほどあって、それから10帖の床の間付きの和室。窓際には応接セットが設えられたスペースがあって、その奥が露天風呂へと通じるようになっていた。
 その他に洗面ルームとトイレ、シャワールームも完備されている。アメニティも充実していて至れり尽くせりだった。

「お夕食は何時になさいますか」

 お茶とお茶受けを座卓に用意してくれながら、終始笑顔でとても感じの良い仲居さん。
 応接イスに座ってスーツのまま煙草をくゆらせている彼に声を掛ける。

「渉さん。お夕飯は何時がいいですか、って」

「・・・そうだな、7時でいいだろう」

「では、7時にこちらにお運びいたします」

 しかも部屋食! テレビの旅番組を見たりもするから、一泊あたりの相場も何となく。
 何も訊かずに甘えさせてもらおうと決めているし、気をしっかり持ってもう何が出てきても動じないようにしよう。心の中でキュッと拳を握りしめる。

「奥様。お夕食までお時間あるようでしたらご主人様と、ぜひ川沿いを散策されてみて下さいませね。時代劇やサスペンスドラマなんかで良くロケに使われるんですよ? もう少し暗くなると川べりをライトアップしましてねぇ、ロマンティックでございますから、とっても!」

「あ、はい。有りがとうございます」

 奥様とご主人様。・・・を訂正した方がいいのかしら。
 でも今更言うのもかえって変・・・かしら。
 笑顔で返しながら、ちょっと困った事になったわたし・・・・・・。
 
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