彫師と僕の叶わなかった恋
気付き ・・・・2

それから僕はアルバイトを増やし、週二日夜の工事現場で働く事にした。

二つのアルバイトを掛け持ちするのは体力的に厳しかった。

特にもう一つのアルバイトは肉体労働で更に辛い。

でも、日当8千円で週二日だから、その中から食費を引いても

次の給料と合わせれば二か月後の彫る予約日には間に合う。

僕は、この二ヶ月必死に働いたお蔭で何とか予約日迄に

お金を揃える事が出来た。

勿論、約束通り一か月前にはスタジオにも連絡を入れておいたので

後は数日後の予約日を待つばかりだった。

当日、スタジオに行くとAkiさんが既にカウンターに

座って待っていてくれた。

Akiさんは僕をみるなり「安藤さん、何か凄くやつれてませんか?」

と問いかけて来たので

僕は「いやー最近ちょっと仕事が忙しかったんで、でも全然大丈夫ですよ」

と嘘を付いた。

本当はもう気力も体力も限界だった。

「それじゃあ、早速始めましょうか」

とAkiさんが言って自分ブースに向かった。

改めて見ると、スタジオは真っ白な壁紙が貼られ、その中に三つのブースがあり

そこから不規則に“ジー、ジー”と機械の音だけが聞こえてくる。

一応BGMは掛かってはいるけれど、ボリュームが小さいのか

機械の音が大きいのかBGMは殆ど聞こえなかった。

「安藤さん」とAkiさんに呼ばれて我に返り

僕はAkiさんのブースに入った。

ブースに入って、上着を脱ぐとAkiさんが型紙を腕から肩に掛けて押し当てて

その型紙を剥がすとくっきりとデザインが転写されていた。

前回は何も分らず、緊張していたせいもあり最初の工程は殆ど覚えておらず

色付けになってAkiさんと話せるようなったおかげで

そこからの工程は大体覚えている。

Akiさんは「今回は余り見つめないでくださいね」

とニコッとしながら釘を刺して来た。

僕は「はい、出来るだけそうします」と言って照れながら笑みを返した。

“ジー、ジー”と機械の音がして、刃が入り始めた。

“ジー、ジー”と僕の肩に転写された線に沿ってだんだんと黒い線が入って行く。

僕はAkiさんに再会でき、無事に彫って貰えるようになり喜びで一杯だった。

そんな思いで肩を見つめていると、突然“ジー”の音が止んだ。

僕は我に返るとAkiさんが僕をじっと見ている。

あ、違う、Akiさん勘違いですよと思ったがAkiさんは

「見てましたね、次に見たらこのドクロの部分を
ミ○キーちゃんにしますからね」

と笑いながら言った。

「違うんです。あ、はい。見ない様に頑張ります」と言い

僕は出来上がるまでずっと、白い壁を見続けざるを得なくなった。

急に機械音がまた鳴り止んだ。

“え、今度は見てないのに何で?もう時間一杯で今日の彫は終わったの?”

と思っているとAkiさんが「すみません、間違えちゃいました」

とすまなそうな顔で言った。

そんなーそんな事って有るのか、と思った僕は「本当ですか?」

と聞くとAkiさんは

「嘘です」といい「お返しです」と悪戯っ子の様な顔をした。

僕は、右肩とAkiさんを交互に見ながら本当に嘘であった事を確認し

「もう約束守りますから悪い冗談は止めてください」と僕が頼むと

Akiさんはニヤっと笑って作業を再開した。

その時だった、隣のブースから大きな声で

「痛い!」と言う女性の声が聞こえて来て、男の声で

謝っているのが聞こえて来た。

隣のブースでは、それでも何かもめているようだった。

Akiさんは「ちょっと待っててもらっていいですか」と言って

自分のブースから出て隣のブースを見に行った。

隣のブースからAkiさんの声が聞こえてくる。
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