彫師と僕の叶わなかった恋
交 差 ・・・・2

数日後、僕宛にAkiさんからメールが届いた。

“もうお体の方は大丈夫ですか?まだ作品が途中ですので
もしまだ続けられるようでしたご連絡下さい”

との内容だった。

僕はあの日レイさんに言われた事がショックで

もうTATTOOの事は忘れていた。

そんなに時Akiさんから直にメールが来たものだからビックリして

しまったが“先日はお世話に成りました、出来れば空いている日の

最短で予約を、お願いします”と返事を返した。

次の日“来週なら急にキャンセルになった日がるのですが、

7月20日ではご都合どうでしょうか”

と返事が返って来たので僕は“その日でお願いします。

ただ、その日も3時間程でお願いできますか”と言う内容で返信した。

今の給料では頑張っても一回の彫に充てられるお金は3時間がやっとで

このままでは完成までまだまだ掛かってしまう。

でも、いい事もある。

そうAkiさんに会える機会が増える事だ!

一週間なんて今までの一ヶ月待ちなどに比べたら一日に等しい位なのに

待っていると何故だかとても長く感じる。

彫る日の当日、僕は嬉しくてまた、一時間早く家を出てしまい

いつものコーヒーショップにいた。

時間を潰しながら今日はどの部分を彫るのか考えていた時

ふと、先日渡せなかったお礼の事を思い出した。

“あ~お礼を持てって来るのを忘れてしまったな”と考えていた時に

そう言えばスタジオの入っているビルの地下階に、コンビニがあった

事を思い出し、“手ぶらで行くのも何だし、コンビニで何か買って行こう”

と思いコンビニへ向かった。

コンビニでお菓子やジュースを買って、スタジオに向うと

またAkiさんが迎えてくれたので、助けてもらった時の

お礼の言葉とお菓子類を渡した。

以前レイさんは“こういう物はダメだ”と言っていたが

Akiさんはすんなりと「ありがとうございます」

と言って受け取ってくれた。

そして、そのままブースに入った。

僕は少しでも早く話したかったので、Akiさんが準備している間に

「飲み物、迷ったんですけど紅茶で大丈夫でしたか?」と聞いた。

本心は“大体の女性は缶コーヒーや炭酸飲料よりは

紅茶の方が無難だな”と自信を持って買っていたので

答えの分りきった質問をしたのだ。

Akiさんは袋から紅茶を取り出し、すまなそうな顔をして

「私、紅茶飲めないんです」と予想外の言葉を発した。

「え?本当ですか?」と僕は、予想が外れた事にビックリして

真面目な顔でAkiさんに聞いた。

暫く間が有り

「嘘です」

とAkiさんがしたり顔で言った。

またやられた!

「マサルさん分り易いから、からかうと面白くて・・・・つい」

と笑いながら僕に言った。

“ちょっと待って、今、安藤さんじゃなくてマサルさんって呼んでくれた!”

と僕はこの進展に当惑していた。

「どうしました?」とAkiさんが聞いて来たので、僕は我に返り

「あ、いや何でもないです、紅茶飲めて良かったです」

と、しどろもどろに成りながら返事をし、他に話したい事が沢山有ったが

何も話す事も出来ずに彫が始まってしまった。

“ジー・ジー”この間は、Akiさんとしゃべる事はおろか

顔さえも見てはいけないと釘を刺されているので、

僕はこの3時間が痛みよりも、その辛さの方が耐え難かった。

彫がようやく終わるとAkiさんが

「後2回くらいで完成できそうですね」と言った。

チャンスは後2回。

“もう彫る場所も無くなった”と焦った僕は決死の覚悟で

食事に誘ってみる事に挑戦した。

「Akiさんは甘い物とか好きですか?」と、聞くとAkiさんは

「甘いものはちょっと苦手です。これは本当ですよ」

と意外な反応を示したので、僕は大至急で次の手を

考えなければならなかった。

本当は渋谷駅からファイヤー通りに向かう途中にある

大きなパンにアイスクリームとかが乗ったお店に行こうと

決めていたのだ。

僕は、Akiさんの好みを聞いてから店を考える事にして質問をした。

「Akiさんは何が好きなんですか?」

「肉です」

単純明快で分りやすいが、ただ“肉”では分らないので

更に絞り込む為に僕は「牛肉と豚肉と鶏肉の内では

どれが一番すきですか?」と聞くと

「牛肉です、牛肉なら何でも好きです」と答えてくれたので

僕は「じゃあ今度、一緒に食事に行きませんか?
おいしそうなお店を調べておきますから」

と勇気を振り絞って何とか誘みた。

するとAkiさんは、好きなお店が有るかのように

「私、いいお店知ってますよ」

と言って、窓の外を指差した。

そこには、ある有名なチェーン展開している牛丼屋の看板が

煌々と光っていた。

僕は諦めた“これは完全に行ってもらえる展開ではない”

とうなだれた。
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