彫師と僕の叶わなかった恋
交 差
交 差 ・・・・1

翌日、僕はAkiさんにお礼をしようと手土産の

クッキーを買ってスタジオを訪れた。

そこにはまた、レイさんが座っていた。

「Akiさんいらっしゃいますか?」と聞くとレイさんは

「あれ~、今日はAkiさん休みの日だよ。なんか用でも?」

とやっぱりトゲのある言い方をして来た。

「それなら、また出直してきます」と言うと

レイさんが「あんたこの間、俺のブース覗いていただろう。

あんなことして俺の事、馬鹿にしてんのかよ」と怒り始めた。

どうしよう、前回はAkiさんに助けてもらったけど

今回は休みだから自分で解決するしかないと

僕は思い「すいません、別に覗くつもりは無かったんですけど・・・・」

言葉が続かない。

本当の所は興味本意もあって覗いたのは確かだし

あの場面を見られたら誰でも恥ずかしいだろと思っていると

レイさんがカウンターから出て来てこちらに向かって来る。

「あんた、それなんだよ」

「あ、この間Akiさんに面倒掛けちゃったので
そのお礼にクッキーを買って持って来たんです」

すると、レイさんはおもむろにクッキーの箱を取り上げると

床に叩きつけた。

「こういったの、ここでは貰えないの。何度言っても分らないね
あんたは。いい加減この業界のルールとか勉強してから来なよ」

と言われたが、それでもここまでしなくてもいいだろうと思った僕は

「確かに何にも知らないでAkiさんに助けられているラッキーな
人間かも知れないけど、僕だって一応は客だし、今日だって
ついでに次回の予約も取るつもりで来たんですから」

とレイさんに言い暫くお互いが睨みあった。

レイもマサルが反抗して来るとは思っていなかった。

しかし、レイはその言葉を聞いて無かったかの様にいきなりマサルに対し

「俺に土下座しろ」と言った。

僕は最初、レイさんンに何を言われているのか

さっぱりわからなかった。

レイは大声で「さっさと土下座しろって言ってんだよ。
あんたは俺に恥じばっかり掛かせてるから、土下座して謝れ」

と目を血走らせ今にも殴りかかって来そうな顔で僕に迫って来た。

僕の性格はTATTOOを入れただけでは変わりはしていなかったようだ。

レイさんの迫力に圧倒されて怖くて逃げだしたくなり

ついには土下座をしてしまった。

悔しかった、情けなかった、Akiさんに入れてもらった

TATTOOに恥をかかせてしまった様な気がしてAkiさんにも

申し訳なかった。

僕はそのまま予約も入れず走って逃げた。

勿論、従業員通路のカーテンが少し膨らんでいた事なんて

目にも入らなかった。

Akiは五分ほどしてスタジオに入った。

その時、レイは余りにもビックリしてカウンターの椅子から

ずり落ちていた。

「どうしたの?そんなにビックリして、休みの日にあたしが来ると
何かあるの?まさかあんたサボってたの?」

「そ、そんな事ないです、ちゃんと仕事してましたよ
Akiさんこそ休みにどうしたんすか?」

「資料忘れちゃったから取りにきただけ、もう帰るからサボるなよ」

と言い残してAkiはスタジオを去った。

Akiがスタジオを出て直ぐに、常連の千野に声を掛けられた。

「Aki、久しぶりだな。どうした何か浮かない顔して」

「え、そうですか?多分デザインで悩んでたからそう見えちゃったのかな?」

「ならいいけど、あの時と同じ顔に成ってたからちょっと
心配になっただけだけど」

「千野さん、それはもう言わないって約束ですよ」

「そうだったな、悪かった」

「そう言えば、千野さんこそどうしたんですか?」
「大した用事じゃないんだけど、この先で娘と待ち合わせててな。
娘が洋服を買ってくれってうるさいんだよ、大学生にもなってんのに
まだ親にタカりやがるんだ」

「さすがの千野さんも娘さんには弱いんですね」

「おお、いい笑顔になったぞAki」

「じゃあこれで私は帰りますね。娘さんにも宜しく伝えてください。
それと、千野さんもたまにはスタジオに遊びに来てくださいよ、
みんな喜びますから」

「近いうちに顔だすよ、じゃあな」

と言って千野は109の方へ向かって歩いて行った。


“娘か~”


Akiは資料を抱いたまま暫くその場で去って行く千野の姿を

遠い目をして見送っていた。
< 16 / 39 >

この作品をシェア

pagetop