彫師と僕の叶わなかった恋
障 壁 ・・・・6

右肩は完成した。

左右の肩は立派になったが、僕の気持ちは肩とは反比例し

深く落ち込んでいた。

最後の彫をAkiさんにしてもらえなかった右肩は中途半端よりも

もっと僕の心には痛々しい傷跡にしか見えなかった。

仕事にも気が入らずミスばかりをするようになっていたが

“もういい、考えるのを止めよう。女性専属になったのだから

スタジオに行っても会えないし、それ以前に20歳近くも離れている

女性にこんな気持ちになって、しかも自分を変えたいと思って通ったのに

いつの間にかAkiさんに会いたくて彫るようになっていた自分が間違って

いたんだ。

“束の間の夢を見させてくれた事を、感謝して、これから先の寂しい人生

で、唯一楽しかった思い出として、胸にしまっておこう”

と自分に言い聞かせた。

そして何日か過ぎた頃、ガソリンスタンドに千野さんがやって来た。

ちょうど、僕が給油機を拭き掃除しているレーンに入って来て

僕の顔を見るなり

「にいちゃん元気か?Akiに最後の彫やってもらって無事完成したか?」

と聞いて来た。

僕は「ええ、完成はしましたけど、どうしてだかAkiさんは女性の
お客さんの専属になってしまって、最後の部分は別の人にやって
もらいました」

と千野さんに言うと千野さんは不思議そうな顔をした。

「あの店にそんな制度は無いぞ。この間覗きに行ってみたらAkiは
普通に男性客彫ってたぞ」


どう言う事だ?Akiさんは僕に女性専属とはっきりと言ったのに

千野さはAkiさんが普通に男性客を彫っていたと言うのだ?

どっちを信じたらいいんだろう。

僕は何も考える事が出来なくなり、ただすがる思いで千野さんに

「千野さん、お願いが有るんですが、どうかAkiさんに
また彫って貰えるよう頼んでもらえませんか」と懇願した。

千野さんは、「頼む事は出来るけど、彫るかどうか決めるのは
Akiだからそこまでは面倒は見きれないぞ」

とAkiさんに頼んでくれる事を約束してくれた。

「だけどよーにいちゃん、もう彫るとこ無いんだろう。
Akiに頼んだところで彫るとこなきゃ意味がないぜ」

と言われて初めて僕はその事に気が付いた

しかし、僕はその時の勢いで

「背中、背中全体を彫ります」と言ってしまった。

千野さんは「背中は大仕事だし、隠せるような場所じゃないから
その覚悟はできてんだろうな?」

「はい、もしまたAkiさんに彫って貰えるならそれを背負って生きて
行ききます!」

と僕が言うと、千野さんは難しい顔をして

「今日の夜、にいちゃん空いてるか?」

と言われたので、僕はすかさず

「はい、十時過ぎには上がれます」と答えると

千野さんは「じゃあ十一時頃に迎えに来るからそれまで
ちょっと待っててくれ」と言って帰って行った。
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