彫師と僕の叶わなかった恋
過去の秘密・・・・2

僕はガソリンスタンドで降ろしてもらい、帰り道のコンビニで

ホットコーヒーを買い、10月の少し寒くなって来た空気の中で

頭の中の整理が着くまで空を眺めながら

“守って行くとはどういう事なんだろう?”と、ずっと考えていた。

愛する夫を失ったばかりか、二人の愛の証の子供まで失ってしまった

Akiさんの気持ちは、僕には理解できなかった。

そんな辛い事の有ったAkiさんに僕は恋をしてしまったが

Akiさんにしてみればただのお客さんの一人としか

見ていなかったんだろう。

そう思うと勝手に盛り上がっていた自分が余りにも滑稽で

恥ずかしかった・・・。

その頃レイスはタジオで酔っぱらいながらまたシンジを呼び出し

「シンジ明日の夜もまたバイト行ってくんないか」

とシンジにマサルへの嫌がらせを言い渡した。

シンジは「いいすよ、じゃあまた車貸して下さいね。
俺、またいい案見つけちゃたんで」

と言ってレイから車のキーを受け取った。

翌日、僕はAkiさんの事を仕事で忘れようと忙しく仕事をしていた。

閉店も近づき、最後の洗車の作業を新人のアルバイトの子が開始したので

今日の洗車の予約は締め切った。

“あー今日も一日が終わるなー”と”ホッ”としていると、一台の車が入って

来て、洗車している車の横ギリギリに止めた。

事務所から見ていた僕は入って間もないアルバイトの子にインカムで

「その車、洗車の水が掛かっちゃうから
もう少し離れて止める様に言って」と指示を出した。

すると「トイレに行くだけで直ぐに戻るからちょっと
止めさせてとの事です」

とインカムから返事が返って来た。

僕は“水が掛からなければいいな”と思いながら成り行きを見守った。

車の持ち主がトイレから戻って車の扉を開けようとしたところで

洗車をしていたアルバイトの子と何か揉めているのが見えた。

そしてインカムから鳴き声で

「お客さんの車に水が掛かったって言ってお客さん怒っちゃって
でもほんの数滴なんです。どうしたらいいですか?」

と泣きながら訴えてきた。

僕は「直ぐにそっちに行くから事務所交代して」

とインカムで指示を出し、その車へと向った。

車に近づいて行くと、車の持ち主はシンジだった。

“また、嫌がらせか”と思っているとシンジが

「あのさーこの車、コーティングしたばっかりだから
水とか掛けられると持ちが悪くなんだよね。
ここだけシミみたいになっちゃったらどうする?」

と言いが掛かりを付けて来た。

“またか、どうせレイさんと組んで嫌がらせに来たんだろうから

何を言っても無駄なんだろうな。

さっさと土下座して帰ってもらった方が簡単でいいや“

と膝を曲げようとした瞬間に僕の頭に千野さんの言葉が蘇った。

“Akiを守れるのか?”

守れるか、守れないかは今直ぐには、分らない無い。


だけど、レイさんとこのシンジの嫌がらせに負けていたら

僕は何時に成ってもAkiさんに辿り着く事が出来ない。

そう思った僕は、曲げかけた膝を伸ばしシンジの目をしっかりと見て

こう言った。

「お客様、水が掛かってしまった事は大変申し訳ありません。
ただスタッフも水が掛かる旨、最初にお伝えし、お客様も了承されての
駐車と聞いておりますが」

と言うと、シンジも食い下がり

「あんたらプロだろ、プロがやってるのに水が掛かるなんて
思ってないからおいたんだよ」

「プロです。プロの意見から言わせて頂ければ普通のコーティングなら一度乾
いてしまえば一ヶ月位は持ちますし、五年、十年などのグラスコーティングの
様な物であれば、尚更らお客様の言ってるような多少の水滴ではがれる様な事
は有りません。もし、剥がれる様ならばそちらのお店に文句を言った方が良い
と思います」と言った。

言ってしまうと堰を切ったように言葉が出て来た。

レイさんとシンジの嫌がらせがどうのなどは、もう関係なく、

ただただAkiさんに近づきたいと言う思いから言葉が後から後から

出て来た。

シンジは「ふざけんなよ、人の車に水掛けやがって偉そうに
とにかく拭いとけよ」といつもより態度が軟化していった。

僕は水滴が付いた部分をチャチャと拭くとシンジはそのまま帰って行った。

僕はそのテールランプを見ながら何故かもう二度とこのスタンドには来ない
だろうと思っていた。
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