彫師と僕の叶わなかった恋
一心で ・・・・2

Akiさんに声を掛けようかと思ったがAkiさんはそんな時間も

与えてくれず「では、お会計の方へ」と言ってブースを出てしまった。

僕は料金を支払い、次の予約をして帰ろうとした時に

「有難うございました、マサルさん」

とAkiさんが言ってくれるのが聞こえた。

“マサルさん”って呼んでくれた。

何もしてないのに、勝手に一歩前進したと思った僕は次の彫で

どんな話しをするか考えながら家に帰った。

2度目の彫に近づくと、僕は少し焦っていた。

このまま何も話せず彫り終わってしまったら、何しに行ったのか

分らなくなるからだ。

僕は失敗してもまた“安藤さん”に戻るだけだと覚悟し

2回目の彫に挑んだ。

いつもの様に彫は淡々と進んで行った。

何も喋らないまま彫は終わったが、僕は勇気を持って

Akiさんに話し掛けた。

「Akiさん、映画でも見に行きませんか」と言うと

Akiさんは「映画は、あんまり見ないんです」

僕の必死の努力は報われなかった。

「嘘です。本当にマサルサンはだまし甲斐が有りますね。でも映画じゃなくて、ラーメンにしませんか?マサルさんはラーメン好きですか?」


「はい、もちろん好きです!」

「じゃあ今度おいしいお店見つけたんで、一緒に行きませんか?
女の子一人だと入りづらくて」

「そうですよね、それいいですね、一緒に行きましょう!!」

僕は内心“今すぐ行きましょう”と言いたい気持ちを抑えて言った。

翌週の水曜日、僕たちそのお店に二人で並んでいた。

「マサルさんは、豚骨系は平気ですか?」

「豚骨大好きです!」

「良かったー誘ったのはいいけどマサルさんの好みを聞くのを忘れちゃって」

「大丈夫ですよ、余り好き、嫌いは無い方ですから。あ、貝類はダメだった」

順番が来て、二人で並んでラーメンを食べた。

Akiさんの髪を搔き上げて食べる姿に“ドキ”っとしてしまい、

暫くの間見つめてしまっていたらAkiさんから

「見てないでマサルさんも食べて下さい。恥ずかしいから」

と少し照れながらAkiさんは言い、また麺をすすった。

その後お茶を飲みながらデザイン画を描くのに苦労した事や

デザイン画の書き方などを話し、Akiさんを駅まで送った。

渋谷駅に向かう途中で、僕は「次は遊園地でも行きませんか?」

と少し早いと思いながらも誘ってみた。

Akiさんは「嫌です」と言ったが、

僕はすかさず「また嘘でしょ」と言うと

Akiさんは「マサルさん、最近、腕あげましたね」

と言ってほほ笑んだ。

誘ったはいいがどこの遊園地がいいか分らなかったので、

正直に聞こうと思い

「どこの遊園地が好きですか?」と聞くとAkiさんは

「何を言ってんですか?女の子誘う遊園地って言ったら
一つしか無いじゃないですか」

と言われ少し戸惑ったが直ぐに気が付いた。

「じゃあチケット買っておくのでまた来週でいいですか?」

「ああ、来週は予定が入って、本当にごめんなさい」

「そうですかー、それじゃあ何時行きましょうか」

「勝ち!嘘ですよーまた引っ掛りましたね」

「もう、いい加減止めて下さいよそれ」と僕が言うと

「はい」と悪戯っ子が怒られた時の様な顔をして言った。

彫が進むにつれて、Akiさんの色々な一面を見る事が出来

段々と自分の気持ちに気づき始めていた。

結局、本当にデザイン画が間に合わなくて遊園地には行けなかったけど

Akiさんの時間があけば2、3週間に一度くらいは食事をしたり

買い物したりと、楽しい時間を過ごすようになっていた。

僕は背中の彫が進むにつれ、Akiさんとの距離が、近づいて行く様な

気がしていた。
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