彫師と僕の叶わなかった恋
一心で
一心で ・・・・1

あれからシンジが思っていた通り、シンジはガソリンスタンドに

姿を現さなくなった。

僕はあの嫌がらせを乗り切った事に自信を持ちAkiさんに会う為の

口実を探していた。

ふと、千野さんが言ってた“にいちゃん、もう彫るとこないな”と言う

言葉を思い出して、そうだ!あの時、千野さんに言った“背中”を

彫ればもっと長くAkiさんと会う事が出来る。

そして、これを全てAkiさんの手で完成させてもらい

その時にはAkiさんに自分の気持ちを素直に話そう。

そう決めた僕は、直ぐにスタジオに電話をするとやはりレイさんが出た。

僕はダメ元で「安藤ですが、予約をしたいのですがAkiさんいますか?」

と聞くとレイさんは

「変わりますので、ちょっと待って下さい」

といってAkiさんに電話をつないでくれた。

Akiさんが電話に出た。

久しぶりに聞くAkiさんの声。

僕は「お久しぶりです。話は千野さんから聞きました。
Akiさん、お願いですから僕の背中を彫って下さい」

と頼むとAkiさんは

「判りました。ただ一つだけお願いがあります。
今はデザインが目一杯入っているので、デザイン画を安藤さん自身が
描いてくれるのならお受けします」

忘れていた、TATTOOを入れるにはデザイン画が必要なんだ。

でも僕はAkiさんに会いたい一心でやった事も無いデザイン画を
描く事に決め「判りました、デザイン画が出来たらまた連絡します」

と言って電話を切った。

それからは連日ネットで“ドクロ、骸骨、スカル”などで検索し画像を

集め、コンビニで画像を拡大・縮小したものを、トレーシングペーパー

に書き写し、色を塗ったりと試行錯誤でデザインを完成させた。

最終的には、骸骨が背中の上部から腰に向かって手を伸ばし

それを倒そうとする騎士達を掴み上げてるデザインにした。

早速スタジオに持って行きAkiさんに見せて、少しAkiさんに

アレンジをしてもらいながらデザイン画を完成させて、彫る日を決めた。

当日、スタジオの扉を開けると、

Akiさんが「こんにちは、安藤さん」と言って出迎えてくれた。

“安藤さん”か、僕はまた一からやり直しになった事を知り

距離を置かれてしまった事を実感させられた。

Akiさんのブースで、いつも通りの工程で作業が開始され

“ジー・ジー”と唸るような機械の音が響いていた。

でも、今はAkiさんと一緒にいられるだけで幸せだった。

Akiも不思議に思っていた。

この狭いブースでマサルに彫っている時は何故か心がリラックスして

温かい気持ちになれた。

二人の短い時間は“あ”と言う間に過ぎ去った。

Akiさんの「終わりましたよ安藤さん」

と言う声で僕は貴重な時間が過ぎ去った事を知った。
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