彫師と僕の叶わなかった恋
二人は静かに ・・・・2

Akiさんの所に通い始めてから何日目かに主治医に呼び止められ

診断室に連れて行かれた。

「患者さんが抗癌剤治療を拒んでいて、我々の説得にはもう応じてくれいので
あなたから頼んでくれませんか、朦朧としている中であなたの名前と
元の旦那さんの名前をしきりに呼んでいたので、もしかしたらあなたなら説得
できるかもしれないと思ったのでお願いしたいと思いお呼びました」

と主治医からお願いされた。

僕は主治医に「それをすればAkiさんは助かるんですか?」と聞くと

主治医は目を伏せ、ゆっくりと首を振りながら

「正直分りません。今の状態では余命をいくらか延ばすのが
限界かもしれませんが今のままだと持って一ヶ月でしょう」

と僕にAkiさんの命の期間を宣言した。

僕は「抗癌剤治療すればどの位生きられるんですか?」と迫ると

主治医は「患者さんの気力や体力にもよりますが、半年位はもつ人もいます」

と言い僕にAkiさんを説得してくれないかと再度、頼んできた。

僕は少しでも長くAkiさんが生きていてくれるなら

少しでも長く一緒にいられるならという思いから、主治医の申し出を承諾した。

承諾したのはいいけれど、僕は何と言ってAkiさんに抗癌剤治療をするように

説得するか、言葉が思いつかないまま、主治医に伴われて

Akiさんの病室まで行った。

Akiさんは、少しやつれてはいたものの思っていたよりは元気そうに見えた。

主治医はAkiさんの病室に入ると、すぐに

「それじゃあ後はお願いします」と言って病室を出て行ってしまった。

二人は黙ったまま暫く見つめ合っていた。

何か言わなければ、と思ったが言葉が出て来ない。

僕が何か言おうと思った瞬間、Akiさんが

「いつも綺麗なお花を届けてくれて、ありがとうございます」と言ってくれた。

周りを見渡すと、僕が届けた花が病室一杯に飾ってあった。


僕は思い切って「Akiさん、抗癌剤治療を受けてみませんか。
僕はAkiさんに少しでも長く生きていて欲しいんです」

と僕の気持ちを正直にAkiさんにぶつけた。

Akiさんは暫くシーツの上で組んだ指を見ていた。

そしてぽつりと言った。

「マサルさん、ごめんなさい。そう言う話ならもう帰ってください」

とAkiさんは言うとベッドに横になり、頭からシーツを被ってしまった。

ベッドの横に有るサイドテーブルには写真立てがあり、こちらを見て笑っている

男の人の写真が飾られていた。

“この人がトオルさんか”と思うと複雑な気持ちになった。

そして、僕はそれ以上何も言えなくなって病室を後にした。

★★マサルが出て行った後、Akiは枕に顔をうずめて、大声で泣いていた。

入院してからずっとこのまま誰にも会わずにトオルの事だけ考えて

トオルの元に行こうと考えていたので、誰かに会ってその気持ちが

揺らがない様にしていたのに、まさかマサルに会ってしまうとは

思ってもみなかった。

そしてAkiの感情は大きく揺さぶられていた。

トオルとの思い出はもう、どうやっても作る事は出来ない、

しかし、マサルとの思い出はまだ作る時間が残っている

自分の気持ちに素直になれなかった分、やり残した事が多過ぎる。

そう思った時には既に遅かった事をAkiは今、ようやく気が付いた★★

マサルが病室から出て来ると

そこには千野さん、レイさん、シンジ達が待っていた。

千野さんが「どうだった?」と直ぐに聞いて来た。

僕は首を振りながら「拒否されました。済みません」

と皆の期待に応えられなかった事を詫びた。

皆は残念そうな顔になり千野さんは

「別にお前のせいじゃないんだから、そう気にするな」

と言ってくれたが一番残念そうな顔をしていた。

それから、千野さん、レイさん、シンジと近くのファミレスでどうしたら

Akiさんが抗癌剤治療を受けてくれるか相談したが

誰も良い解決策が浮かばないまま深夜まで必死になって話し合いをした。

普通に側にいた時には気が付きもしない

いつもそこにいて当たり前の存在だった人が有る日突然にあと数週間で

言葉も交わせ無くなるかと思うと誰もが事実を受け止めらずにいた。

主治医からは、「あともって三週間位でしょうと聞かされ
もう抗癌剤治療をしても助からないだろう」と告げられた

それでも僕は毎日花を持って同じように病室の前に置いて帰る事を

繰り返していたがある日看護師さんから

「患者さんから花を受け取らないで欲しい」

と告げられ、持って帰ってくれるように言われた。

そして一通の手紙を渡された。
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