彫師と僕の叶わなかった恋
二人は静かに ・・・・3

そこには“マサルさん、いつもお花をありがとうございます。

でも、変わって行く自分を見られたくないし

私はこのまま皆との楽しかった思い出で

だけを心にしまっておきたいので、もう来ないでください。

もう十分思い出では作れましたから”と書いてあった。

僕はその場で泣いた。

誰もが見ているのを知りながらも、このままAkiさんに会えずに

僕の思いを伝えられずにAkiさんがいなくなってしまうかと思うと

人の目なんか気にならなかった。

僕はそんなAkiさんの気持ちを知りながら

そして自分のしようとしている事が正しいのかどうかも分からず

Akiさんの病室の扉を開けて、Akiさんの元に近づいて行った。

Akiさんはまさか僕が入って来るとは思ってもいなかった様で

驚いた顔のまま固まっていた。

僕も以前よりかなりやつれた表情になっていたAkiさんにビックリしながらも

勇気を出してAkiさんに言った。

「何でこんな寂しい事を言うんですか。みんなAkiさんの事を
心配しているし僕だって誰よりも心配しています。もう抗癌剤治療
をしろとは言いません。でも少しの間だけでもAkiさんの抱えてる
過去を忘れて今を生きてもらえませんか」

と一気にしゃべり尽くした。

Akiさんは余りの展開について行けなかったようで

暫く僕が入って来た時の驚いた顔のまま聞いていた。

正気に戻ったAkiさんは僕の存在に気づき

「何で私を困らせるの、こんな姿を誰にも見せたくなかったから
あの手紙をマサルさんに書いたのに、どうして・・」

と言って泣き出してしまった。

僕は、あの手紙で我を忘れて行動してしまった事で

返ってAkiさんを悲しませてしまった事を今更ながらに後悔した。

「帰ってください。もう帰って!」とAkiさんは泣きながら僕に喚いていた。

僕は自分のした事でAkiさんを傷つけてしまった後悔の念で

言われるがままに病室を出て行った。

それから数日はAkiさんを怒らせてしまったので、お見舞いに行く勇気が無く

どうしたらAkiさんに会う事が出来るか考えていた。

そんな事を考えていたある日、主治医から電話があり

「Akiさんが会いたいと言っているので来てほしい」と連絡が入った。

僕は電話を切るとそのままタクシーを捕まえて一秒でも早く着いてくれと

後部座席で祈りながら病院へと向かった。

病室に着くと更にやつれたAkiさんがベッドに座っていた。

Akiさんは僕を見るなり精一杯の笑顔で出迎えてくれた。

僕はAkiさんに「体調の方は大丈夫なんですか」

と社交辞令的な言葉を掛けた。

Akiさんは「あまり良くないです」と答えた。

僕は“もしかすると、Akiさんは最後に

僕に会いたくて呼んでくれたのかも知れない

自分の死が近い事に気が付いてるのかも知れない”と不安に思っていると

Akiさんが「嘘で~す」といつものごとくからかって来た。

でもその声は、昔と比べて弱々しいものだった。

僕は泣きそうになったが「また~それ笑えないですよ」

と一生懸命に笑顔を作った。

「だぁって~マサルさん暗い顔してるんだもん」とAkiさんが言い

初めて僕は表情に出てしまっている事に気が付いた。

僕は話題を切り替えようとして

「どうして僕を呼んだんですか?何か欲しい物とかあったんですか?」

僕は呼ばれた訳を聞いた。

Akiさんは少し恥ずかしそうに

「一つだけ約束守って無かったな~って思って」と言ったが

僕には何の事だかさっぱり分らなかった。

Akiさんは「あれ~忘れちゃったんですか?それじゃあいいですけど」

と言ってベッドに横になろうとしたので僕は

このチャンスを逃したら二度と会えなくなる

気がして嘘をついた。

「あ、覚えてますよ。あれまだ行って無かったですよね」

と白々しく言ってみた。

Akiさんは「嘘つき」と言って笑った。
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