彫師と僕の叶わなかった恋
二人は静かに
二人は静かに ・・・・1


その時、僕は“盲腸か、急性胃腸炎かな”などとそれ程ひどく無く

最悪でも二、三日位の入院で済むだろうと思っていた。

それにしては時間が掛かり過ぎている。

救急センターに運ばれてから、かれこれ三時間は経っている。

そんなに掛かるものなのかな?と僕は思ったが待つ事しか出来なかった。

そんな事を考えていたとこに医者らしい人が出て来て僕に

「親族の方ですか?」と聞いて来たので

「いえ違いますが」と答えると

医者は「どなたかご親族の方に連絡が取れますか?」

と聞いて来たので、僕は不安になりながらも

「いえ、僕は聞いた事が無いですが明日なら誰か知っていそうな
人に連絡がつくと思います」と答えた。

医者に「Akiさんに会わせてくれ」と頼んだが

「今は面会謝絶で会わせる事が出来ない」

と言われてしまい

その日はAkiさんには会えずに家に帰った。

翌日、スタジオに連絡するとレイさんが出たので、事情を説明して

誰か知っていそうな人がいたら連絡をして欲しいと言伝え、

自分の携帯番号を知らせて、僕は直ぐに病院に向かった。

夕方になってようやく電話があった。

電話に出ると千野さんからだった。

今からこっちに来るから、どこの病院か教えてくれと言われ

入院している病院の名前を伝えた。

一時間程して千野さんが病院に到着し主治医の話を聞きに

診察室に入って行った。


主治医と込み入った話をしているらしく、千野さんは一時間経っても

出て来る気配が無い。

ようやく、話を終えて出て来た千野さんに僕は、直ぐ

「どうだったんですか?どのぐらいで退院できるんですか?」

と矢継ぎ早に聞くと、千野さんは右手をちょっと待てと言うように上げた。

千野さんは黙ったままソファーに腰掛け何か受け入れられないものを

受け入れなければならない様な顔付きでとても声など掛けられる状態でない。

僕は、早くAkiさんの容態を聞きたくてうずうずしていたが

肝心な千野さんがあれでは待つしか無かった。

この時になって僕は自分を責め始めた。

“もし、あの日デートに行かなければAkiさんはこんな事に

なって無かったんじゃないか、もしかしたら、いやありえないけど

食中毒だとしたらあの店を選んだ僕のせいだ”

などありとあらゆる事を自分のせいだと思っていた。

ようやく千野さんが重い口を開き話し始めてくれた。

「Akiは肝臓癌だと主治医は言ってた」

「手術すれば治るんですよね」と僕が言う。

「いや、もう手の施しようがないそうだ、症状が出る頃には
もう末期の状態らしい」

そこまで言うと千野さんはまた黙り込んでしまった。

僕はそれでも何とかする方法が有る筈だと言う希望と

末期と言う事実を受け止められないまま

ずっと病院の真っ白い壁を見つめていた。

千野さんと二人で主治医にAkiさんに会わせて欲しいと頼んだが

「今はまだ容態が落ち着いていないので面会謝絶で会わせる事が出来ない
容態が落ち着いたら連絡をする」

と言われその日は二人で千野さんの車に乗って帰る事にした。

帰りの車の中で千野さんは

「何でAkiなんだよ、ようやく笑顔を取り戻せたのに。
順番から言ったら俺だろう」

と泣きながら言っていたが、僕はただ茫然と過ぎ行く街の灯りを

見つめているだけだった。

数日して、医者から千野さんへ連絡があったらしく

「容態が安定したので面会は出来る様だけれど、本人が誰とも会いたくないと
言っているらしい」

と千野さんは僕に連絡をくれた。

僕はその話を聞いて、居ても立ってもいられず直ぐに

Akiさんの病室へ行った。

“コンコン”とノックをし「安藤です」と言うと中から

「マサルさん?今は誰とも会いたく無いから帰って下さい」

とAkiさんの声がした。

僕はショックだった。

でも会いたくないと言われてしまっては無理強いも出来ないし

「ここに花を置いておきますので、早く元気になって下さいね」

と元気にはならない事を、知ってはいてもそれしか言葉が出て来なかった。

僕は、毎日病室の扉の前に無言で花を置いて帰る日々が続いた。

こうしてれば何時かAkiさんが会ってくれるのでは無いかと

淡い期待を持ちながら毎日毎日Akiさんの所に通った。

★★そんなマサルの献身的な行為もむなしくAkiは写真を見つめて

「もうすぐ会えるよトオル、会えたら一杯話したい事が有るから今度はちゃんと
話を聞いてね」

と毎日涙を流しながら、自分がもう助からない事を自覚していた★★
< 33 / 39 >

この作品をシェア

pagetop