もう一度君に会えたなら
 はじめはどこに行くのか分からなかったが、どんどん強くなっていく潮の香りにわたしは彼がどこに向かっているのか自ずと察していた。視界が開けたとき、その推測が確信へと変わる。同時にわたしはその海に目を奪われた。

 わたしの目頭が熱くなる。

 あのとき、二人で見たものとはやはり違っていた。だが、今まで見た海とは明らかに違う別物の海。ずっとこの景色を川本さんと見たかったのだ、と。

 川本さんがわたしの手に触れた。
 わたしはその手を握り返した。
 彼と目があい、二人とも苦笑いを浮かべていた。

 人の話し声が聞こえ、わたしと彼はどちらかともなく手を離した。
 もう夏が始まりかけた時期で尚且つ週末になれば、海に人がいてもおかしくはない。
 きっと季節の相違も違和感の一つだ。

「本当なもっと早い時期に来れたらよかったんだろうけどね」
「そうだね」

 わたしは彼の言葉に頷いた。

 彼はゆっくりと息を吸った。彼の表情から笑みが消えた。

「懐かしいな。これを見たのは何年前だろう。あのときは、ただ不安だったんだ」
「無理もないよね。敵地にあんな年で送り込まれたんだもの」
「でも、楽しかったよ。君に会えて、すごく幸せだったと思う。こうして会えたことも。やっぱり俺は」

 彼は右手でこぶしを作った。

「川本さん?」
「今日、いや昨日から考えていたんだ。ずっと俺がどうしたいか。どうすべきなのか」

「どうすべきって何が?」
「君とのことをどうしたいか。この海をこうして二人で見れて、やっと決意が固まったよ。もうこれからは今までのように会えなくなるかもしれないけれど」

 わたしは驚き、川本さんを見た。
 わたしはこれから先、ずっと一緒にいるつもりで、ここまでやってきたのに、川本さんが綴ったのは別れともとれる言葉だったから。

 わたしの視界が霞んできた。今までの幸せな気持ちが一気に吹き飛んでしまったためだ。
 だが、その暗い気持ちも続けて聞こえてきた言葉を聞き、頭の中が真っ白になった。

「俺、大学を受けるよ。そして、ちゃんと自分の夢を叶えるために頑張ってみる」
「どうして?」




 
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