もう一度君に会えたなら
「早く行ったほうがいいよ。じゃあな」

 わたしは彼に促され走り出した。だが、すぐに足を止めた。
 せっかく会えたのに、ここで別れるのは寂しい気がしたのだ。
 勇気を出して、言葉を紡ぎ出した。

「今日はバイトですか?」
「今日は休み」
「だったら、一緒に帰りませんか? これださないといけないけど、すぐに戻ってきます」

 彼は虚をつかれたような表情を浮かべた。
 わたしはそこで我に返った。
 彼が今から本屋に行くならともかく、用事を終えた後他校の前でさほど親しくないわたしを待ってほしいなど非常識にもほどがある。非常識な提案に自分の顔が赤くなるのが分かった。

「ごめんなさい。やっぱりいいです。また連絡します」
「いいよ。この辺りで待っているよ」

 彼はそう目を細めた。
 彼はただ優しい人なんだ。
 そんな彼のやさしさに付け入ってしまった気がしたが、わたしはお礼を言うと、学校の中に戻ることにした。

 プリントに答えを書きこみ、教室に入る。すると、広佳が英語のテキストとノートを広げていた。もう教室に残っているのは彼女だけのようだ。
 わたしを待っていてくれたのだろう。

「ごめんね」
「気にしないで。どうせ予習しないといけなかったしね」

 彼女はにこやかに微笑むとテキストとノートを手早く片づけた。




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