恋歌い
3
奏は、基紀に向きなおった。


「私、もうみんなのためには歌わない」
強い意志をのせた言葉だった。

「そうか」
基紀は、初めて奏に会った時のことを思い出していた。


文化祭のステージでのびやかに歌っていた高校生の奏を、歌の世界に連れていきたいと思った。
俺が見つけたんだと、その声を、世界に自慢できると思ったんだ。


ーキミはもっとたくさんの人を癒やすことができる。

ーその声で。


「その声で、日本中の人の聖母になってみないか」


今思うと、よくも恥ずかしげもない言葉を吐いたと思う。

しかし、当時の奏の反応は違った。

きょとんと目からクエスチョンマークを出しながらも、話の筋は通じたらしい。


奏は答えた。

「うん。いいよ。あなたのために歌ってあげる。」

「うん」で喜び、「いいよ」で事務所に電話をかけようとしていた基紀は、驚きの目で奏に向き直った。


「私、あなたのこと好きになっちゃった」


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