奏 〜Fantasia for piano〜
別にピアニストを目指していたわけじゃないから、落ち込むことはない。
私の夢は、幼稚園の先生になること。
子供の歌の伴奏ができる程度にピアノを弾ければ、それでいいし、上手な人の演奏を聴く方が好きだから。
でも、奏は……。
駐輪場から自転車を引っ張り出して、ペダルを踏む。
野球部員の掛け声や、校舎から漏れる管楽器の音から徐々に遠ざかっていった。
奏達がいるであろうハンバーガーショップの前を通り過ぎ、メガネ屋、大型スーパーマーケットも過ぎて、北へと真っすぐに進む。
自転車を漕いで十五分、そろそろ自宅が見えてきそうなところで、後ろから来たバスに抜かされた。
そのバスは数メートル先の停留所に停車して、乗客をひとり下ろしている。
思わずブレーキをかけてしまったのは、その乗客が奏だったから。
あれ、歓迎会は……?
私に気づかず、北に向けて歩く背中を慌てて追いかける。
横に並ぶと自転車から降りて、呼びかけた。
「奏!」
驚いたように私を見る目が、すぐに迷惑そうに幅を狭めた。
それには傷ついてしまうけど、引くことはできない。
聞きたいことが山ほどあるから。