奏 〜Fantasia for piano〜
奏がもう一度、私の手の甲に口づけて、それから立ち上がった。
腰をかがめ、左手の指が私の顎にかかり、そっと上を向かされる。
体を支えるために伸ばした奏の右手が、鍵盤のファとラのフラットを偶然に押さえた。
ふたつの音は『月の光』の最初の音。
その美しい響きと同時に、唇が重なった。
満月の光に包まれて、唇を離さないままに愛の言葉をもらう。
「綾、愛してるよ……」
あどけない恋心が芽生えた、五歳の夏。
悩んでぶつかり、心を通わせて別れた高三の九ヶ月。
そして今、再び巡り会った私達の音楽は、これからが盛り上がっていくところ。
『Fantasia for piano』
この曲は、何楽章まで続くのだろう……。
離れていてもそばにいても、ずっと一緒に奏でていきたい。
ふたりだけの音楽を。
【完】