恋する任務は美しい〜メガネ上司の狼さんと訳あり隠密行動〜
その意外すぎる豹変に
土曜日、特別用事もなかったけれど、買い物をしようとして部屋から外へ出る。
『カントク』のある階の専用エレベーターは出勤日以外は停止されているので、フロントのある階へ移動してホテル側から入退室しなくてはならなかった。

お昼をすぎたあたりで、ちょうどフロントの隣のエレベーターを待っていたとき、上から降りた人の中に津島がいた。
洋服は金曜日の仕事の帰りのままの服装なのだろう。
ネクタイは身につけず、Yシャツのボタンをひとつ開け、黒のビジネスバッグにスーツのジャケットを羽織っている。
右隣にはグレーのスカートスーツに、胸ぐらいまでのびる黒髪がまだ少し湿っている津島よりも背の低い細く小さな女性がいた。
あきらかに野村加奈ではなかった。

「津島」

わたしの声に反応して、津島がこちらに顔をむけた。
一瞬しまった、という驚いた顔をしていたけれど、見つかったものは仕方がないと逆に開き直るように済ました顔をする。

「萌香、どうかしたのか」

「ううん、別に。彼女?」

津島とその隣の女に聞こえるように、わざと大げさな言い方でいってみた。

「お前に言うことないだろ。いこうか」

隣にいた女は眉をひそめ、怪訝な顔をしている。

「元カノなんだけど。あいつストーカーにでもなったのかな。そういう素質ありそうだし」

と津島が隣の女に弁解するようにいってその場を後にした。
何がストーカーだよ、隣の女って一体誰だよ、と突っ込みたかった。

野村加奈と別れて新しい彼女でもつくったのか。

ホテルから外へ向かうエレベーターの中でひとり、津島はこんなタラシな男なんですよ、と野村加奈に忠告したくなった。
だからといって野村加奈が諦めるわけはなさそうだし、昔の男のことを考えるのはやめようと、ホテル1階ロビーについてエントランスから外へ出てビルの谷間から流れる潮風を浴びたとき、あんな男と付き合っていた自分が恥ずかしく別れてよかった気持ちと最低な男だったとわかった苛立ちで複雑な気持ちになった。
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