恋する任務は美しい〜メガネ上司の狼さんと訳あり隠密行動〜
篠崎地所グループ創業記念パーティーの会場は、わたしの住んでいる場所でもある『HOTELパシフィックSHINOZAKI』の大宴会場で午後から始まった。

あおいさんから前日に渡された給仕係の制服を身につける。
白のワイシャツにエンジのネクタイ、グレーのベスト、下は黒のパンツ姿で、もちろん後ろにきれいに一つでまとめ、メガネをかけた。
わたしの持ち場は給仕係だが、同じ『カントク』の作業班の人間で固められていた。

任務を遂行するために、ホテルスタッフとして出向し、作業班とともに給仕係の仕事を行った。
当日は給仕係の打ち合わせとともに今回の任務についての確認をしあう。

「大上部長から指示がでています。不審なことがあれば、いつでも我々に伝えて椎名さんは任務にあたってください」

「ありがとうございます」

スタッフルームで作業班とともに準備を始めているとき、上質な黒のスーツを着た男性が入ってきた。
一瞬で色めきたつ。黒のオーバルメガネをかけた大上部長だった。
わたしをみつけると、すぐさま近づいて視線を上下に移していた。
まるで上から下までなめるような感じで。

「本物の給仕係だな、椎名萌香」

「嫌味ですかっ」

わたしの首元に両手をのばすと、ネクタイの結び目を触っていた。

「ネクタイ曲がっているぞ」

「えっ」

「直したから」

「……ありがとうございます」

ネクタイを直してもまだ大上部長はわたしのそばに立ってじっと観察している。

「やっぱりお前には、その制服、似合わない」

給仕係にしたのは大上部長あなたですよ、と心の中でつぶやいた。

「どうせ何着ても似合わないですよっ」

「そういう意味じゃなくて」

入り口から大上部長の名前を呼んでいるひとがいる。
どうやら会社の関係者らしい。

「いくから。余計なことするんじゃないぞ」

と、わたしに告げてスタッフルームから出て行った。
わざわざわたしの姿をチェックしにきただけなんだろうか。
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