黄昏の千日紅
「あのー!!傘!!」
雨の雑音の中に、私の通らぬ声が混じり、彼に届いたか不安になる。
その直後、彼が歩みをゆるりと止め、こちらに振り返る。
これが、雨も滴るいい男というやつか。
少し遠いが、フードから滴り落ちる雨の雫の所為か、雰囲気が先程よりも一段と艶っぽく見える。
長い前髪の間から、色気のある瞳がちらりと見えた。
そして彼は、雨の雑音に掻き消されてしまいそうな、私の耳に届くか届かないか微妙な声の大きさで確かに言った。
そう。
確かに、言った。
「確信犯だよ」
雨なんて、嫌いだと思っていたのに。
今日は最悪な日だって思っていたのに。
私はゆっくりと、目を見開く。
脳裏で、当時の雨の日が蘇る。
「……ハヤト」
ぽつりと零した言葉は、ゆっくりと雨音に呑み込まれる。
私と彼とが見つめ合う二人の世界で、しとしと降り注ぐ雨の音だけが、耳元で静かに響いていた。