黄昏の千日紅





翌日の放課後、いつもより早足で美術室へと向かう。




「あれ、榊原くん」




声を掛けてくれたのは、同じクラスの如月さんだ。




「あ、如月さん。今日も図書室?」



「うん。委員会で遅くなっちゃったけど」



「そっか、ほんとに本が好きなんだね」




「うん。でも、今は…」



今は?




…ああ、そういうことか。




僕は、西棟の扉から姿を見せた男子生徒を見て悟った。




「邪魔したら悪いから、僕は行くね!」




「ああ!ちょっ…榊原くん」



早足で男子生徒の横を横切り、急いで美術室へと足を走らせる。


背後で、「あいつ誰だ」「クラスメイト」などのやり取りが聞こえてくることに薄く笑みを浮かべ、僕は早々と階段を駆け上る。




「失礼します」




相変わらず、絵の具の独特な匂いが僕の鼻を刺激する。
だからと言って、嫌な匂いではない。




雪宮さん、頑張っているな。




休ませることなく、ずっと筆を動かし続けている彼女に、後ろからブランケットを掛けてやる。



すると僕の存在に気づいたようだった。



彼女がこちらを振り向くと、僕は昨日手話の本を見ながら覚えた様々な単語を、手話にして表してみる。



すると、余りにもぎこちなかったのか彼女が堪えていたのだろう、少し吹き出して笑った。








え…


笑った?



今。

初めて、


笑ってくれた。






< 56 / 284 >

この作品をシェア

pagetop