黄昏の千日紅
翌日の放課後、いつもより早足で美術室へと向かう。
「あれ、榊原くん」
声を掛けてくれたのは、同じクラスの如月さんだ。
「あ、如月さん。今日も図書室?」
「うん。委員会で遅くなっちゃったけど」
「そっか、ほんとに本が好きなんだね」
「うん。でも、今は…」
今は?
…ああ、そういうことか。
僕は、西棟の扉から姿を見せた男子生徒を見て悟った。
「邪魔したら悪いから、僕は行くね!」
「ああ!ちょっ…榊原くん」
早足で男子生徒の横を横切り、急いで美術室へと足を走らせる。
背後で、「あいつ誰だ」「クラスメイト」などのやり取りが聞こえてくることに薄く笑みを浮かべ、僕は早々と階段を駆け上る。
「失礼します」
相変わらず、絵の具の独特な匂いが僕の鼻を刺激する。
だからと言って、嫌な匂いではない。
雪宮さん、頑張っているな。
休ませることなく、ずっと筆を動かし続けている彼女に、後ろからブランケットを掛けてやる。
すると僕の存在に気づいたようだった。
彼女がこちらを振り向くと、僕は昨日手話の本を見ながら覚えた様々な単語を、手話にして表してみる。
すると、余りにもぎこちなかったのか彼女が堪えていたのだろう、少し吹き出して笑った。
え…
笑った?
今。
初めて、
笑ってくれた。