雨を待ちわびて
-Ⅵ-忘れるって訳じゃない

明日は夜からの勤務だ。
だから、明日の日中は、ゆっくり出来る。

「直さん、アルコールは強いですか?」

「普通より弱いかも知れません。…長く飲んで無いですし。それに、アルコールの分解が出来ない体質?っていうのありますよね」

「あ、はいはい」

「私、あれだと思います」

「では、今日も飲まない方がいいかな…。軽い物でもと思ったんですけど」


「はい、お二人さん。お祝いだから、スパークリングワインくらいなら大丈夫だろ。サービスしとくから。雰囲気、雰囲気」

ウィンクされた。

「あ、フフ。有難うございます」

「いや、久遠君がまた綺麗なお嬢さんと来てくれて、私が嬉しいんだよ」

「何です?今のこれ、パチッて。駄目ですよ。直さんは渡しませんよ?駄目ですからね」

「解ってるよ。目の保養だ。な?直さんとやら」

フンフン鼻歌なんか歌って…。…あのオヤジ、もう直さんなんて呼んでる。

「大丈夫?無理だと思ったら、飲まなくてもいいですからね」

「はい、少しだけ頂きます。折角のご好意なので」

「うん、口つける程度でいいからね

「はい」

「後は俺が引き取るから」

「あ…はい」

「おめでとう」

「有難うございます。亨さんも、おめでとうございます」

「有難う」

グラスを軽く上げた。

イタリアンを語れるほど詳しくも無いけど、きっとオリジナリティー溢れる料理だと思う。
味に偏りもなく、どれも美味しかった。
デザートに出してくれたティラミスには、バチバチと花火が刺さっていた。
エスプレッソと一緒に頂いて、屋台を後にした。


「あの、もしかして、今日、あのお店は貸し切りに?」

私達が居る間に覗きに来た人が居たと思ったけど、席に着かず帰った気がした。

「んー、シェフの気遣いかな。俺はそこまでは頼んで無いから」

あ。

「ちょっと待ってくださいね」

後戻りしようと駆け出した。

「あ、直さん?」

思い立ったら…なんとやら、ですね。


「はぁ、あ、あの、ご馳走様でした、さっきは有難うございました。
お店、お気遣いして頂いて、有難うございました。
また、来ます」

「ん?もう、また、来てくれたのかい?」

「え?」

「口に合ったかな?」

「はい、難しい事は解りませんが、とても美味しかったです。お店、貸し切りにして頂いたのですよね?
有難うございました」

「んん。また来てくれるのを待ってるよ」

そう言って私の後ろに目をやり、手を上げた。

後ろを振り返ると亨さんが立っていて、軽く手を上げていた。


「猪突猛進だなぁ、直さんは」

「…ごめんなさい。事情を知ったら、またお礼を言わなくてはと思って」

「飾らなくて、…正直で、純粋な人ですね。場合によってはそれを強情とも言いますが。
脚は大丈夫ですか?ガンガン走りましたけど」

「はい」

「では帰りましょう」

どちらからとも無く手を繋いだ。

大人になって、こんな温かくて幸せな気持ちになった誕生日は初めてだった。

「有難うございます、亨さん。こんな誕生日、初めてです。凄く、幸せです」

「俺もですから、お相子ですね」
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