雨を待ちわびて

「大丈夫ですか?疲れませんでしたか?
散歩が目的では無かったから、車で行っても良かったですね」

「でも車だと、物凄く近くなりますよ?」

「んー、乗った途端、降りる、みたいな距離ではありますね」

「はぁ、着きましたね。こんな時の階段の最後の数段は、恨みたくなりますね」

「そう。ここはエレベーターが無い。三階建ての三階は、仕方ないと諦めるしかない。
精神科の病院が近いって事もあるんです。
エレベーターは密室だから、事件が起こりやすいんです。だからここは設置していない。高い建物も無い。
…入りましょうか」

「はい」


カ、チャン。

「直さん」

「はい、…えっ」

突然、両肩を掴まれた。
真っ直ぐ見つめられた。

「今からキスをします。嫌なら…避けてください」

え、……ぁ。

玄関の壁を背に、両手を付かれ囲われた。
ゆっくりと顔が近付いて来る。
近付いた顔は、唇が触れそうで触れない距離で止まった。

「避けないのですか…」

息が唇に触れる。

「…避けなくていいのですね」

…短くて長い時間。避けろと言われても…瞳に囚われて…動けない。
……ぁ。…。
優しく唇が触れた。

「…構わないのですね?」

二度目に触れた唇は、ゆっくりと食み、私の心拍数を一気に上げた。
少しだけ口にしたアルコールのせいでは無い…。
両手で顔を包まれた。

何度となく甘く優しく食まれていたモノは、角度を変えながらゆっくりと触れ続け、深く…蕩けるモノに変わった。
身体の芯が熱く痺れるような感覚に襲われた。何かが身体を駆け上がっていく。
長く甘い時間…。
はぁ…、肩と胸が酸素を取り込む度ゆっくり上下する。
おでこをコツンと当てられた。

「はぁ。…随分、久し振りなんです、…こんなのは。どうにかなってしまいそうです…。心臓に悪い…はぁ。
…そんな顔をしないでください。ここまでが限界だと思っています」

左手が頬から耳に触れ、フワリとした髪を梳いた。
玄関の鍵を後ろ手で手探りに掛けた。


部屋の明かりも点けないまま、手を引かれ中二階の階段をゆっくりと上がって行く。
横目に見えたテーブルのバラが、まるでスタンドの明かりのように、白くボーッと浮き上がっていた。

「…今夜、俺と寝られますか?」

取りようによる、卑怯な聞き方だ。
心の繋がりの深さは解らないが…、この人の身体は、刑事さんと…深く繋がっている。


綺麗に畳んであった布団を敷く。
掛け布団を広げる。

「…どうぞ、寝てください」

立ち上がって下りようとした。
腕を掴まれた。

「…直さん?」

「…一緒に寝てください。下りて行こうとするなんて、…ずるいです」
< 106 / 145 >

この作品をシェア

pagetop