雨を待ちわびて

…はぁ、どんだけのもんだよ。男から携帯を渡された。
……これは、…。

「……この女性です」

｢この人が守田直さんで間違いないのですね？｣

｢…はい、間違いありません。…すみません｣

完全な盗撮だ。言っても嫌らしい物では無い。日常の姿ではある。

｢石井、見てみろ｣

顔の前に差し出す。

｢えー……いや、俺が会った守田直さんではありません。この人は全くの別人です｣

「いいえ、確かにこの人が守田直さんです」

…この女が、守田直という事だ。

ブーブー…。

｢あ、片霧さん、電話です…。守田さんとは違う事になりますが、守田さんからです｣

｢とにかく出ろ｣

｢あ、はい｣

スピーカーにした。

｢あ、もしも〜し。ねえ、ちょっと、貴方誰ですか？初めてよね？電話〜。朝、早過ぎでしょ？もう、どんだけせっかちなの…こんな時間から…｣

｢石井と申します、あの、今朝の｣

｢石井？…今朝ぁ？｣

違います、全然話し方も声も。石井が呟く。

｢あ、あの、貴女は？違うんですか？｣

｢ちょっと…違うって？言ってる事がちんぷんかんぷんで全然解んない。第一、朝まで一緒になんか居ないわよ？…。そっちから架けてきといて、聞く？コールバック、待ってたんじゃないの？｣

｢あ、いや、確かに折り返して頂いたのは有り難いんですが、貴女は？｣

｢えー、今更？ナオミよ、ナ、オ、ミ｣

｢ナオミ？さん｣

｢そうだけど？いつもの？｣

｢いつもの？｣

｢ホテル。ラブホよ。待、ち、合、わ、せ｣

｢ら、ラブホ？!待ち合わせ!？｣

｢もう、お客さんじゃないの？誰の紹介なのよ…、なんで客でもないのにこれに架けてくんの。もう、切るわよ？｣

｢あ、ちょっと待ってください｣

｢…何｣

｢またご連絡します｣

｢はぁ？え？あ、フフ解ったわ……フフ。今は無理なのね。いいわよ、お客さんとしてって事ね、もお｣

｢いや、それは違うんですが。とにかくまた架けます｣

｢は〜い。じゃあね〜。待ってるわ～、石井ちゃん｣

プ。
…。

｢やはり、会った女とも違う人間のようです。声が違いました。こうなると番号も嘘になりましたね｣

これ以上、片霧さんに叱られたくない。会話は一部始終聞かれていたとはいえ、駄目な結果を、真面目腐った顔で尤もらしく言ってみた。
パシッと軽くおでこを叩かれた。

｢アタッ！｣

｢当たり前だ。ったく、何がコールバックだ。随分と長い電話だったな、石井ちゃん。…ナオミちゃんね〜｣

｢…片霧さん｣

｢惚けて他人を装っているのかも知れないぞ？声だって高くも低くも話せるだろ。まあ、今の感じじゃそのナオミちゃんは間違いなく番号を利用されただけだとは思うが、無関係だとしても確認の為…、一度会わなきゃな、石井ちゃん｣

｢はい。事情聴取はしないといけません｣

…。

｢ところで、両隣の部屋は？｣

｢あ、はい。あっちは、同じように、会社で借りてる部屋で、今は人は入っていません。
こっちは、確か、男性の方がお住まいです｣

…男性ね。
ピンポン。

…。

ピンポン。……ピンポン。

…。

留守か。いや、居る。気配がする。

カ、チャ。ほら、居た。

｢は、い？｣

青白いほど色の白い痩せた男だ。
手帳を見せる。

｢おやすみでしたか。朝から大変すみません。警察の者です。少しお話をお伺いしたいのですが、よろしいですか？｣

｢はい…｣