雨を待ちわびて
ずっと居たなら、今朝の事、何時ですかと聞き返さなくて、ただずっと居たでいいんじゃないのか。それも寝てたなら寝てたと…。
「石井」
「はい」
「今の男に見覚えは?」
「無い、と…思います。え?何ですか?」
「綺麗だと思わなかったか?色白で」
「え?…あ、俺は、そっちは」
「違う。知ってる。今は真面目な話だ。髭だよ、髭。あ、貴方はもういいです。ご協力有難うございました。写真の事は気にせずに」
管理者を帰らせた。
「家にいるやつが無精髭のままだとは言わない。起きたら習慣で綺麗に剃る奴もいる。
だけど、会社に行ってる人間だって今朝はまだ髭は剃っていないかも知れない。今日は土曜だ。まるで出掛ける為か、出掛けた後のようにツルツルだった。時間に不規則だって事だから、ただ剃るタイミングだったのかも知れないが。だとしたら起きてた」
「あっ、言われてみたら」
「俺だって伸びてるだろうが」
「…片霧さんのは、あるのが普通なんじゃ…いつがリセットの時間か解りませんから。基準にも参考にもなりませんよ」
「今、髭があるのは、呼ばれて慌てて出て来たからだろうが」
「そうでしょうか。その割には石鹸の匂いがしますけど?」
「しつこい。家に帰ったら風呂くらい入るだろ。諸事情があったんだ」
「諸、事情ですか。風呂に入っても、髭は剃らなかった事情ですか…。そもそも、いつも、風呂より先ず、睡眠かアルコールじゃないですか」
「だから、夜は剃らなかったんだよ。これだけ伸びてたらお洒落髭だろうが。相変わらず、細かい、神経質。疲れないか?」
「性分ですから、特には。あ、シートベルトしてください」
「解ってる。石井、今のあいつ、あの男が女装したらどう思う?」
「え?…あ、…あー!!」
「そうだよ。石井が会った女は、あいつなんじゃないのか?どうだ」
「あ…、あぁ…。くそぅ…やられました。あいつです。…モデル並に綺麗でした。くっそー。いけしゃあしゃあと惚けやがって。声だって…ショックで、だからか細くてやっと聞き取れたと思ってました。引き返します!」
「いや、引き返したところで多分もう居ないだろ。後で鑑識のおっさんと出直した方がいいだろ」
守田直と名乗った、…男。
…不知火 元(しらぬい はじめ)。嘘みたいな名前の男。