雨を待ちわびて
カチャ。ただいまっと。
居るけど、居ないようだな。
あの日、朝出掛けてから俺が戻ったのは月曜の朝。言った日には戻れなかった。
居る形跡は感じる。石井じゃないけど匂いだ。
俺だけが居た時の埃っぽい匂いと、今の、ドアを開けた時の匂いが違う。微かだが、女の匂いがする。
化粧品の匂いとでもいうのか、強く無くても、今まで無かった部屋の匂いだ。
僅かだが匂いが…する。
少しだが、女物の衣類や下着が遠慮気味にクローゼットの一角に終われてもいた。居るつもりか。好きにしろ、と、つい言ってしまったのは俺だ。
行く当ての無い人間だと解っていて、帰れ、と言う事が出来なかった。
言ってる事が、本当かどうかも解らないのに。
今までの俺ならこんな事は無かったな。妙に俺が変わったのか。まさか…一晩で情が湧いたとでもいうのか。
いや、あの、“お姉さん”のせいだな。
昼間、どこかに出掛けているのか。仕事なのか。職探しなのか。居ない俺には解らない。
何一つ確かなモノを知らない。確実に知っているのは身体だけだ。
俺が居る夜は必ず一緒に寝る。
知らない間にソファーが増えていた。そこに、俺が居ない時は丸くなって寝ている。
戻った俺が風呂を済ませ、ベッドに入ると、いつしか“お姉さん”も入ってくる。
「お金は要らない…」
そう言って俺の脇腹に唇を当てる。
「この身体…私が好きなの。だから、…ください」
私が、の、が、は、受け身の話か。それとも自分から好んでという事か。
普通の会社員だと思ったのは見た目からだ。こんなに求めてくる、積極的だと、もしかしたら、違うのかも知れない。
大胆になれるのは綺麗じゃない世界を知っているからかも知れない。この女性に…何があったのか…。
「…ん……傷痕が好きなのか?」
丹念に唇で触れている頭を撫でた。変に感じてしまう。傷痕に感じるとは…マゾヒスト?なのか…。
「そういう訳じゃ無いです。でも…こんな傷痕を見た事無くて、…痛かっただろうなって思って」
白くはなっているが、ちょっとした長さもある。
「そうやって…癒してくれてるのか。……傷は深かったよ。覚えてる。突き上げられるように刺されて、グリグリ回された。…痛いなんてもんじゃ無い。激痛…苦痛…。普通は気絶もんだ。止血しなきゃ死んでた。
刺して回したのは内蔵をグチャグチャにしたかったんだろうが、生憎、場所が外れてたんだな。お陰でこうやって生きてるがな。
瞬間…アドレナリンが出てて、痛いなんて解んなかったよ。気絶しなかったから、痛みがハンパじゃなかった。悪い、大丈夫か…」
なんで、こんな話、…。
「恐い…でもゾクゾクするような。…変な感覚になる」
…んっ。傷痕を柔らかい唇が細かくゆっくり食んでいく。まるで、傷口を縫ってるみたいだ。
はぁ………ん…妙な気分だ…。俺もゾクゾクして…感じる。
今はもう無い痛みを、和らげようとしてくれてるみたいだ…。あぁ、だから俺は、この“お姉さん”に、妙に惹かれるんだな。