雨を待ちわびて

「ナイフを持ってという事は、殺意があった。初めから殺すつもりだったという事か」

「…多分。護身なんかではありませんね。毎日、死ねばいいと思っていたのは間違いないですから。
部屋に入ったら、あの男…、疲れ果てて…完全に寝ていました。少々の事では起きないくらい寝入っているようでした。相当したんでしょうね、満足気に……呑気に寝てました。何に使っていたのか……俺は棚にあった粘着テープを手に取り、ビリビリとゆっくり切り取りました。それを口に貼った。剥がれ無いようにぐっと念入りに押した。それでもまだ起きなかった…。
全裸だったら妙なモノが見えて面倒臭いと思ったけど、辛うじてパンツは穿いてくれてました。あ、勿論、守田さんはいませんでした。俺の聞いた靴音は、守田さんで間違いなかった」

その時、雨はもう降っていたのだろうか…。出た後で降り出したのだろうか。
俺が声を掛けた時…やり切れなくて飛び出して、歩いていたんだな。簡単に、解ったように言葉では表現出来ない…傷んだ身体と心で。守田直に取って、濡れてるなんて事は、どうでも良かった事なんだ。ただ、…身体は綺麗にしたかった…。

「服を着せてる途中で、バタバタし始めたから…フ、ちょっと刺してやりました。痛かったんでしょうね、殺される……恐怖でも感じたんですかね…大した傷でも無いのに目を見開いて、フーフー言って…ナイフを振り上げて見せたら直ぐ大人しくなりました。
それで服を完全に着せて下まで連れて下りました。この時はまだ、血はシャツに滲む程度でした。
一度外に出て、塀の陰で腹を切り付けました。これもまだ少し痛む程度の浅い傷でした。痛みは沢山…何度も与えないと」

「ふぅ…そして、連れ込んだ」

「はい。人気は無くても、誰に見られるかも解らない。見られるのはいいんです。通報されるのも。殺すことが、完全に終わっていれば。
…ゆっくりゆっくりにしか歩いてくれなくて、手間取りましたよ」

「…それで」

「誰かが置いたのか理由は解りませんが、そこに何も入っていないゴミ袋が一つありました。大きな容量の物で、お誂え向きでした、入れたのは…思いつきです。
それに入らせて座らせました。後は入れた状態で、何度も何度も刺しました。…何度も何度もです。…有希の苦しみ、守田さんの苦しみ、死ぬまで…ずっと痛みを感じ続けろって思いました。
部屋の片付けもありますから、ナイフを入れて袋を結び戻りました」

失血死するまで時間は多少かかったって事だ。死んだか確認もするつもりだったのか。朝になってわざわざ発見者を装って通報した。まあ、いつでもゴミは持って行く場所だ。誰が見つけたって可笑しくは無い。

「隣の部屋から布団を運び出し俺の部屋に裏返して敷きました。血は付いて無かった。俺みたいなやつは万年床にしてあったって不思議じゃない。予備の布団があっても特に問題も無い」

確かに、イメージは敷きっぱなしだけど。…。

「あとは守田さんの部屋にあったモノ全て、俺の部屋に始めからあった物のように置きました。洋服、守田さんのも、うちに掛けてあったんですよ?僅かな化粧品だって守田さんのです。
たった一度の女装で…俺が女装家だと思い込んでくれた。たった一度、女の格好しただけなのに。
…今の鑑識は凄いんでしょ?…少しのモノでもDNAとか解るんでしょ?…あの布団、調べたら解りますよね?柳のDNA、出ますよね?」

「…そうだな。不知火元…、早島有希さんと知り合ったきっかけは…」

「…たまたまです。有希は雨の中、傘も差さずに歩いていた…。近付いて…綺麗な人だと思いました。思わず傘を差し掛けました。こんな人が、こんな…余程の事があるんだと思いました」

……。

「有希は疲れた顔で、辛いって。…でも、だからって、死ねないって…。話してくれました。
…まだ柳の愛人だった時です。プライドだと思います。死ぬなら、脅す為に撮られた物を取り返してからじゃないと嫌だって…」
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