雨を待ちわびて


「片霧さん、…片霧さん」

肩に触れ声を掛けた。

「…ん、ぁ…先生…」

「シーッ。そろそろ事務員が出勤して来ますので」

「はぁ…すみません。直が寝て、俺もそのまま眠ってしまったんですね。あ、これ、先生ですよね、有難うございます」

「いえいえ、構いませんよ。守田さんはそのままに。
ちょっとこちらに」

「はい?」

「あ、ゆっくりでいいです。…よく眠っている。起こしてしまったら可哀相だ」

「はい」


「貴方と居ると安心したようですね。あんなに眠れているのは、多分久し振りだと思いますよ。最近は睡眠導入剤を服用して、眠りにつかせていました。
眠ってしまうと…見たくない夢を見てしまう。だから眠りたくないと思ってしまう。悪循環です。
人は眠れなければ、驚くほど衰弱していきます。
今の守田さんがその状態です。薬のお陰で少し眠れるようになると、食欲も出て来ました。これはお話しましたね。
片霧さんとは、昨夜、話は出来ていましたか?」

「はい。本人にとっては、辛い話でもありましたが、話は出来ていました」

「そうですか。吐き出せたという事ですね。
では、どうでしょう。一時、退院されてみては」

「しかし…、家に帰れば、ずっと一人で寂しい思いをしてしまいますが、大丈夫なんでしょうか」

「それは心配無いと思います。小さい子供ではありません。辛い要素も、ずっと付き合っていかないといけないモノです。そこの部分を消し去る事は出来ませんから。
そんな事をしようとしたら、それこそ…日常が強い薬漬けになってしまう恐れがあります。それは人間らしさを失う事になるかも知れません。
僕は、貴方が居るという事が何よりの良薬だと思っています。昨日だって、話せなくなるかも知れない、と心配はしていましたが、そんな事より、片霧さん、貴方に会いたかったのですよ。会った事で難無く話せた。貴方は忙しい。
だから、会いたくないと言っている訳じゃないと、まどろっこしい伝え方をしていたのです。彼女が気を遣っていましたから。
だから、昨夜は、会えてとても嬉しかったはずです」

ん。…。

「普通にしてて、いいんですかね。特別に配慮して生活する事は無理です。出来ないと言っておいた方がいい。職業上、普通とも言えません。いきなり連絡無しに何日も家を空ける事もあるんです」

「それでいいんです。何も理解できない子供ではないんです。そこはどんな関係性でも理解できる部分です。
貴方と一緒に居るなら普通にある事じゃないですか、それは知っている、問題ありません」
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