雨を待ちわびて
名前を言おうとしない、見るからに、訳、有り有りないい女。はぁ…、合意の上でだから、俺はシた。
この様子…一部記憶喪失か?一時、何らかのショックで解んなくなるとかっていう類いのヤツか?
捜索願は出ているのか…、該当者にこの女は居るのだろうか。
いや、そんな感じは、しないな。だけど普通では無い事は確かだ。おかしい…。

「じゃあ、誰ちゃんにする?何も無いと呼べないだろ?」

「………考えておきます」

「フ…。まあ、いいさ。ふぅ。一つ確認だ」

「…は、い」

「犯罪には関わっていないな?」

聞いたところで、関わっている人間が、はい、とは言うまいが。まずいなら、隙をついて消えるだろ。

「犯罪………はい。ただ…、嘘みたいに、…仕事と住むところを同時に無くしただけです」

「へえ、嘘みたいな話だな」

本当だな。

「はい。嘘みたいな話です。でもそうなったのが、正真正銘、私です」

明確には未だどちらも失ってはいない。未だ、どうなるかは…私次第。
部屋には一度帰るけど、……もう、嫌。もう、あそこには居たくない。…捜されて突き止められて、連れ戻されなければ、大丈夫。お金は…ある。身分を証明する物もある。大丈夫。必要な物は持って来た。
でも、アレが…あの男の手元にある…。
はぁ……もう、いいか。もう、どうでも…いい。

ブー、ブー 。

「悪い、電話だ。…はい、片霧」

早い。話しながらベッドから下り、クローゼットから取り出したズボンをもう穿き始めている。電話がなったらそうせざるを得ない。やっぱり本物…。

「…、どんな。……、そりゃ酷い。………ああ、解った。…近いな。すぐ行く」

切ると急いで服を着ている。また黒ずくめの男になった。完成された異質なオーラのようなモノを放っている。

「お姉さん、金は持ってるのか?」

頷いた。大丈夫、キャッシュカードだって、残高だってちゃんとある。

「そうか。事情は知らないが、ずっと居たけりゃ好きにしろ。出て行きたきゃそうすればいいし。俺は、明日には帰る、と思う。解んないがな。見ての通り、何にも無い部屋だ。必要なモノがあるなら買ってくれ。
これ、取り敢えずだ」

マネークリップから数枚の万札を取り、ベッドに置いた。

「じゃあな」

抑揚の無い言葉。

「あ…」

これ。こんなに…要らないのに…。というか、要らないのに。頷いたけどちゃんと伝わらなかったのかも知れない。
あ……これ…もしかして…。
これって、さっきのは……買われたって事?…かも知れない、これで。あと腐れなくって。
…。
はぁ、…。ハハ。…。私は…。はぁ。そういう女って事…か。な。そう思われたんだ。男が欲しくて…そうさせるように出会いを装ったと。仕事も部屋もないって…。手頃な男を探してたって思われた…。はぁ。ハハ…。
……はぁぁ。……動くのはもう少し後じゃないと無理。今は、もう、身体が疲労困憊…。はぁ、もう少し寝かせて貰います。
……片霧って言ってた、…刑事さんだ。事件があった。酷いって。殺人とかかも知れない。私を……抱いてくれた。上にされて、逞しい胸に手をついた時、見えた。
脇腹に古い傷痕があった…。
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