雨を待ちわびて

「氷が溶けると薄くなってしまいますね。殺風景な部屋ですが、掛けてください。どうぞ?」

キッチンの直ぐ横、壁にくっつけて置かれたテーブルに、椅子が二脚、斜向かいに押し込まれていた。

「狭いのにテーブルなんか置いてしまったから、圧迫感があるでしょ?」

ん〜。でも横長のあまり大きくないスリムなテーブルだし、椅子もスツールだから、ちょっとしたカウンターみたい。

「カウンターみたいで、圧迫感は感じないです」

思ったままを口にした。

「あ、良かったら、これもどうぞ。頂き物なんです。嫌で無かったらですが。俺はあまりこういうの食べないので」

…見るからに物凄く思いの篭った手作りだと解る。もしかして…先生のファンの方が作った物なのでは。

「私が手にして食べた物にだけ、毒が入っている、なんて、無いですよね?…その…嫉妬が、毒に変わるとか、ならないですよね?」

「守田さん…、貴女は楽しい人だ。クッキーを意思を持った生き物のように言うなんて。…確かにこれは、好きです、なんて言われて、頂いた物なんですよ。
実はまだ食べていなくて。まさに毒味をさせようとしてますね」

…。

「その人への義理として、せめて先に久遠先生が、一つ、食べてください。私は、先生に異常が無ければそれから頂きます」

「フッ、ハハ。…面白い。いや、笑ってしまっては、頂いた方に失礼になるのかな。では、…食べます」

……。

「大丈夫です。普通です」

クッキーを一欠けらだけ口にして、もう止めてしまった。

「これは…精神状態を鑑みて、受け取らざるを得なかったものですから。俺としては、受け取りたくは無かったんですけど。
ちゃんと笑顔で受け取りましたけどね…」

…先生?ちょっと、先生じゃ無くなってますよ?

「…一言で簡単に片付けてはいけませんが、先生は大変ですね」

「はい…実はとても大変なんです」

「あ、今のは、ちょっとおちゃらけましたよね?」

「はい、ちょっと」

「私もご迷惑を掛けていますが…。今日の先生、先生じゃないみたいですよ?」

「はい、休みの自分ちモードが入ってます。完全な久遠先生ではありません」

「もう…、A.I.みたいです。もしかして、人口知能の振りですか?」

わざと感情のない平坦な喋り方をしているみたい。
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