愛しすぎて、寂しくて
同居人 ケイタ vol.1
アタシがRed coralに戻る日が来た。

「またいつでもおいで。」

と花邑さんは言ってくれた。

とりあえず昼のシフトに入れられたけど、
マスターとは逢える。

マスターと話すのは久しぶりだった。

「オーナーに俺とは別れないって言ったって?」

「半年逢わないで考えたけど…離れるのは無理だもん。」

「寂しがりやのお前が半年逢わずによく頑張ったな。」

マスターはそんなアタシの頭をやさしく撫でる。

「マスターは寂しくなかった?」

「だから今夜部屋に行く。」

久しぶりにマスターと逢える。

そう思うと仕事も楽しかった。

「ジュンちゃん、久しぶりね。」

この女さえ来なければ…

「暫くcrystal dragonに行ってたんだって?」

「はい。」

アタシがいない間もこの女ナツコはマスターを誘惑してたに違いない。

「ジョウ、この前はご馳走さま。」

意味深に笑ってアタシの嫉妬を煽る女。

オーナーに約束したからアタシはその感情を顔に出したりしない。
恋愛は店には持ち込まないのだ!

アタシが帰る時間が過ぎてもナツコはカウンターに座ったままだ。

邪魔者が消えて清々してるんだろう。

アタシは部屋に戻りシャワー浴びて
マスターの夜食を作った。

下着はいつもより少しだけ気を使って選んでみる。

そしてマスターがやって来た。

部屋に入るといきなりキスをしてアタシたちは会えなかった時間を埋めるように抱き合った。

「少し痩せたな。」

マスターはアタシの身体を見てそう言った。

「マスターは変わってない。」

アタシはマスターの胸にキスをした。

「浮気しなかったか?」

「してないよ。」

したのはケンジさんとのあの哀しいキスだけだ。

あれは浮気じゃない。
ただ、他人の温もりが欲しかっただけのキス。
生きてる実感が欲しかっただけのキス。

「マスターは浮気してない?」

「俺にはジュンだけだ。」

幸せだった。

とりあえず店内恋愛も反対されなくなったし、
アタシたちに障害はなくなったと思ってた。

それから毎晩、マスターが部屋に泊まりに来た。
アタシたちはなるべく一緒にいた。
またいつオーナーに離されるかもしれない。
会えなくなるかもしれないとどこかで思ってたからだ。

そして1ヶ月が過ぎた。

その日はオーナーが来ていて
アタシが上がる時間に
「ちょっと出掛けよう。」
と言った。

「どこにいくの?」

「次に出店を考えてる店。」

「どこに?」

「今連れていくから期待して待ってろ。」

そこは海岸線沿いを少し行ったところだ。
店からは車で15分ほど行った雑貨屋があったところだ。

「ここに小さなbarを作る。」

「うん、いいかも。」

そこは駅から近く、海も見える。
冬はともかく夏は人通りも多い場所だ。
オーナーの家からも近かった。

「お前にここを任せる。」

アタシはそのためにcrystal dragonに修行に行かされたのだ。

「それでだ。
お前はウチに住むことにしろ。」

「どうして?」

「あっちの部屋は新しくカフェに勤めるヤツが住むことになった。」

「オレの家からここなら歩いて行ける。
部屋も沢山余ってるしな。」

その夜、マスターにその話をした。

「知ってたよ。
でも社宅を出てハルキさんちとはなぁ。」

マスターは少し心配してるみたいだ。

「お母さんもお姉さんも居るから賑やかだよ。」

マスターはその日いつもより長い時間アタシを抱いた。

「ジュン、浮気しないでな。」

「誰とするの?」

「店の客とか…
一緒に働くヤツとか…ハルキさんとか?」

アタシは少しドキッとした。
それがなぜかはわからないけど…
急に露天風呂で鉢合わせしたことを思い出した。

「あり得ないよ!」

「それならいいけど…」

そしてマスターはアタシを抱きしめた。

工事はあっという間に終わって
アタシは引っ越すことになり
マスターがそれを手伝ってくれた。

オーナーの家に行ったらマスターとはほとんど会えなくなる。

オーナーはそれが狙いでアタシたちを引き離すんだろう。

オーナーの家に行くとケイコさんもリョウコさんも居なかった。

「二人ともどうしたの?」

「お袋は先週、親父が入院して東京の家に帰った。

姉貴も都内でブティックを開いたから向こうに住むことになった。」

そんな話しは聞いてない。

アタシはこの家にオーナーと二人きりだった。

お手伝いさんはいるけど…
日中オーナーがいない時間掃除や料理を作って帰る。

「二人だけ?」

「別にいいだろ?
俺とお前は兄妹みたいなもんだし…」

確かにオーナーにとってアタシは妹扱いだ。

「でも他の人は誤解するよ。
アタシは女でオーナーはいちおう男なんだし…。」

オーナーは鼻で笑っていた。
何だか気分が悪かった。

「ジョウが誤解するか心配か?」

その通りだ。
他の人はどうでもいいがマスターだけには誤解されたくない。

「安心しろよ。もう一人入るから。」

「もう一人?誰?」

「お前と一緒に働くヤツだよ。」

確かに店を一人でやるのは無理だ。
でも入るのはバイトだと思ってた。

「ソイツも今日ここに入る。
仲良くしてな。
でも、絶対寝るなよ!」

オーナーはアタシにいつもそう言う。

確かにアタシは寝ることなんて大したこと無いと思ってた。

それは過去のアタシがあの男から受けた傷を忘れられないからだ。

アタシは生きるためにそうしてきた。
自分の身体なんかどうだっていいと思ってた。

クラブの帰りに好きでもない男と寝たことも
酔っぱらって知らない男とホテルに居たことも
アタシは何とも思わなかった。

そう思わないと生きていけなかった。

オーナーはそんなアタシをいつも心配してた。

「ジュン、頼むからもっと自分を大事にしろよ。」

今はオーナーが心配するからアタシは好きでもない男の前で簡単に脚を開いたりしない。

そして何よりマスターを悲しませたくないからだ。


その日、予定通り新人がやって来た。

「新しく入るケイタだ。
こっちは一緒に働くジュン。仲良くしろよ。
でも、仲良くしすぎるな。
この家でも店でも恋愛は、禁止だからな。」

ケイタは世の中に不満があるかの様に笑顔の一つもない。

「宜しく。」

と言うとかったるそうに会釈だけした。

ケイタに対するアタシの第一印象は最悪だった。

アタシとケイタの部屋は隣同士だった。

「お前、年はいくつ?」

初対面の新人のクセにお前って…

ケイタはオーナーと体型がよく似ていた。
そして何だか洗練されてて独特な雰囲気がある。
真っ白なTシャツと洗いざらしのデニムなのにやたらお洒落にみえた。
性格さえなければかなりいい男だ。

オーナーはケイタを容姿で選んだようだ。

「25だけど…」

「同じ年のわりには老けてんな。」

それにしてもものすごく感じ悪い。

「アンタはガキみたい。
挨拶もろくに出来ないし…
25の男のクセに…」

「だいたいなんでお前なんだよ。
お前ならキャバクラでも行って稼いだほうが金になるよ。」

セクハラ野郎…
そう言いたかったけど
相手にしたくなかった。

こんなヤツと二人で働けるわけがない。

「悪いけど着替えるから出てって。」

「気にしないから着替えろよ。」

「アタシが気になるの!」

「隠すような身体かよ。」

頭に来たのでアタシはケイタの前で堂々と着替えた。

ケイタは黙って見ていた。

「気が強いな。
男いないだろ?」

「アンタに関係ないでしょ?」

「身体、思ったより良かったよ。
寂しい時は相手になるよ。」

ケイタはそう言って部屋を出た。

アタシは頭に来てオーナーに文句を言いに言った。

「アイツ、何とかならないの?」

ベッドの上で本を読んでいたオーナーは上目遣いでアタシを見た。

「勝手に入るなよ、ノックぐらいしろよ。」

「あぁ、ごめん、でもアイツどうにかできないの?
腹立つんだけど!」

オーナーはベッドから起き上がって
お茶をいれてくれた。

「大目に見てやれ。
アイツはやっと口説いて来てもらったんだ。
あれでも都内では有名なバーテンダーなんだ。
あの容姿だし、それに腕も確かだ。」

「あんなに愛想ないのに?」

「客の前では別人だよ。」

オーナーはラベンダーのお茶を淹れてくれた。

よくみるとオーナーの部屋は本だらけだ。

奥にはアタシが離婚後に住んでた狭いアパートより
広いクローゼットがあった。

「ホントに広いね。」

「飲んだら部屋に戻れよ。」

オーナーは面倒くさそうにアタシを追い払おうとする。

「アタシはアイツとうまくやってく自信ない。」

「アイツはお前に似てると思うけどなぁ。
何があったか知らねぇけど世の中とケンカしてるみたいな男だよな。

それでも昔よりはちょっとはマシになった。」

「昔から知ってたんだ。」

オーナーは何を思い出したのか少し笑った。

「きっとジュンはそのうちアイツとうまくやれるよ。」

オーナーはそう言ったけど
アタシはケイタと衝突ばかりだった。

その日も二人でグラスを選びに行ってまたケンカになった。

アタシは帰りにRed coralに寄ることにした。

ケンカしてたのにケイタもついてきた。

三日ぶりなのにマスターに久しぶりに会う気がした。

「元気でやってるか?」

マスターの顔を見たとき抱きついてキスしたい気分になった。

「あ、こっちは一緒に働くケイタ。」

一応ケイタを紹介したが
お互い知ってるようだった。

「お久しぶりです。」

ケイタはアタシとは全く違う態度で挨拶した。

「ジュンを頼むな。」

ケイタは何も言わずに頷いた。
そしてテラスの方へ歩いて海を見ている。

邪魔者が消えてマスターとカウンターを挟んで二人になった。

マスターの淹れるコーヒーの香りが懐かしかった。

「アイツはどうよ?変わってるだろ?」

マスターがケイタのことを聞いてきた。

「最悪。もうケンカばっか。
オーナーは何でアイツと組ませるんだろう?」

「ハルキさんとこにアイツも住んでるんだって?」

「朝から晩までアイツの顔をみてる。
ホントに不愉快。」

「何か心配だな。ジュン、浮気すんなよ。」

「アイツと?あり得ないから!
それより…逢いたいよ。」

「休みの日にマンションに来ればいい。」

次の休みが待ち遠しかった。
マスターと休みが合わなくても午前中から夕方までは一緒にいられる。

二人で話せる時間はあっという間に過ぎる。
ケイタが戻ってきてアタシたちはお茶を飲んで帰った。

海から吹く風が冷たくてマスターの体温が恋しくなる。

アタシはポケットに手を入れた。

「ジョウさんが好きなんだ?」

ケイタがいきなりそんなことを言った。
観察力はあるらしい。

「関係ないでしょ?」

「ふぅん。ジョウさんねぇ。
てっきりハルキさんかと思ってた。
もしかして付き合ってんの?」

アタシはケイタの言うことを無視して先を歩いた。

すると思いもかけず石に躓いて大胆に転んでしまった。

恥ずかしい…大笑いされる。

そう思ったけどケイタは跳んで来て
「大丈夫かよ?」
と聞いた。

アタシは左の足首が痛くて立ちあがることが出来なかった。
ケイタがアタシの足首を触ると激痛が走った。

「足首やってるなぁ。」

するとケイタは何を思ったのか背中にアタシをおぶって歩き始めた。

「大丈夫だよ。下ろして。」

「おとなしくしてろよ。」

ケイタは華奢だと思ってたけどその背中は広くて温かくて何となくドキドキした。

駐車場に着くまでにそれがケイタに伝わらないようアタシは祈っていた。

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