愛しすぎて、寂しくて
同居人 ケイタ vol.2
ケイタは駐車場でアタシを下ろすと
肩を貸して車に乗せてくれた。

ポケットに入れられなかった手は海風にあたってすごく冷たくなっていた。

「ありがとう。何かごめんね。」

「とりあえず病院行こう。」

実は優しくていいヤツなんだと思えてきた。

暫くエンジンをかけて
車内は少し暖かくなった。

ケイタは冷えきった手を動かして感覚を取り戻してる。

「ダメだ、全然温まらねぇ。」

そう言って突然アタシの手を握った。

「責任とってくれ。」

アタシは両手でケイタの手を包み擦ってみる。

その間、ケイタがアタシの顔をずっと見てるのがわかった。

目が合うとアタシはその視線を逸らした。

「こっちもやって。」
とケイタは右手を出した。

「ジュンの手もあんまり温かくないな。お前、冷え性だろ?」

そう言って手を引っ込めてシートベルトをしめ、ギア入れた。

「この辺の病院わかる?」

駅の近くにある整形外科に連れてってもらった。

幸い、軽い捻挫で済んで
薬をもらって家に帰った。

「ごめん、仕事全然進まなかったね。」

「明日は俺一人で回るから。
お前は休んでろよ。
どうせ居ても役にたたねぇし。」

相変わらず憎まれ口をたたいて部屋を出ていく。
でもいつもみたいに頭にこない。

ケイタの手の感触がまだ残っている。

ギャップ萌えってこういうことかも知れない。

ふと、我に返った。

人に優しくされるとすぐに惚れてしまう昔の癖が抜けてないようだ。

アタシは18で家を出るまで誰からの愛も受けて来なかったせいで、優しくしてくれる人にからきし弱い。
優しくしてもらうと何でもしてあげたくなる悪いクセがある。

それでもケイタに優しくしてもらったお礼はしなきゃなぁとか思っていた。

オーナーが帰ってくるなりスーツのままアタシの部屋に来た。

「ジュン、ケガしたんだって?」

何の躊躇いもなくアタシの脚に触る。

「大丈夫か?医者には見てもらったか?」

「ケイタが連れてってくれた。」

アタシが紙で指を切ってもオーナーは心配そうな顔をする。
だからアタシはオーナーから離れられないんだ。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。
軽い捻挫だって。湿布貼って痛み止め飲んだら治るから。」

「気を付けろよ。ったく心配かけやがって。
明日は仕事休んでいいから、準備はケイタに任せろ。」

「うん。ありがと。」

オーナーはアタシの頭を撫でると部屋を出てった。

アタシはオーナーの前ではいつでも子供みたいな気分にさせられる。

女の頭を撫でるという行為は
ホントに子供みたいに思ってるのか
それともドキッとさせるあざとさからなのか…
どちらかだろう。

オーナーは多分前者だ。

食事の時間になるとケイタが部屋に迎えにきた。

ダイニングまで肩を貸してくれて
椅子に座らせてくれた。

「なんだ。部屋に食事を持ってって貰おうと思ってた。」
とオーナーが言うと

「一人で食っても不味いっしょ。」
とケイタは言った。

ケイタはケガする前とまるで別人みたいだ。

「お前ら仲良くなったな。」

オーナーは何とも言えない顔でアタシを見た。

わかってる。
「ケイタと寝るな」
って無言の圧力かけてるんだ。

仲良くなる+優しくされる=寝る

そのアタシの方程式がまだオーナーの頭の中にあるのだ。

アタシがこの店に来たとき
愛されることに飢えていた。

ちょっと優しくされると
愛されてる気分になって
その人が望むことを何でもした。

何人かはちゃんと愛をくれたけど
大半の男が望んだのはアタシの身体だけだった。

それをずっと望まなかったのはオーナーとマスターだけだった。
マスターとは結果的にそうなったけど
それはずっと後の事で
アタシはマスターにすごく大事にされてきた。
今はそういうのが本当の愛だと知ってる。

結局それが目当てで優しくされてることも
あの頃のアタシは愛だと信じていた。

寝るぐらいで愛してくれるならそれでよかったのだ。

そんなだらしないアタシをオーナーは心配してる。

そんなに心配なら何でケイタと同じ所に住まわせたり
一緒に働かせたりするんだろう。

食事が終わるとケイタはまたアタシを支えて部屋まで連れてってくれた。

ケイタから石鹸の香りがした。

「ケイタ…アタシが嫌いでしょ?」

「何だよそれ?」

アタシのストレートな質問にケイタは少し困っていた。

「何で優しくするの?」

「ケガしてる人は別。
ジュンは俺がケガしたら俺が嫌いでも同じようにするだろ?」

「どうかな?」

「お前は多分するよ。お節介そうだし…」

何を根拠にそう思ったんだろう。

「ホントはいいヤツなんだ。」

アタシのその言葉にケイタは
「うるせー、襲うぞ。その足じゃ逃げられないだろ?」
と悪態をついた。

「じゃあな。」

「ありがと。おやすみ。」

アタシはその夜ケイタの夢を見た。

ケイタとキスしてる夢だった。

起きたら日が昇っていた。
今日は天気がいいらしくカーテンを開けると窓から温かい光が射した。

アタシは夢でキスした唇を尖らせて
日光で消毒してみる。

浮気した気分になった。

その時、ケイタが部屋に入ってきた。

昨日の夢を思い出して顔をまともに見ることもできない。

「ノックしてよ。
着替えてるかもしれないでしょ?」

「着替えなら来た日に堂々と見せてもらったけど。」

そうだった。
頭にきたから目の前で着替えてやったんだ。
あれはアンタなんか男として見てないってことをわからせるためだった。

でも今のアタシはキスする夢を見るほどケイタを男として意識してる。
急に恥ずかしくなって自分がイヤになった。

「朝飯食いに行こう。」

ケイタがアタシを自分の肩に寄っ掛からせようとしたとき
バランスを崩してアタシはケイタに抱きかかえられた。

「朝から大胆だな。」
とケイタは笑った。

アタシが離れようとするとケイタが抱きしめてきた。

そして耳元で囁くように言った。
「そんなことするとマジで襲うぞ。」

ドキッとした。
また浮気した気分にさせられる。

「ふざけないでよ。」

ケイタからまた離れようとすると
今度は肩を支えて
「冗談だよ。飯食いに行こう。」
と言った。

身体を密着させると妙に意識して戸惑ってしまう。

なぜか無性にマスターに逢いたくなった。

その気持ちが伝わったのか
マスターが午前中にお見舞に来てくれた。

「あの後、ケガしたって?
何ですぐ連絡くれなかったんだよ。」

アタシはごめんねを言う代わりにキスをする。
そして2度めはマスターからしてきた。

オーナーもケイタも仕事で家にはお手伝いさんだけだ。

しかも買い物にさっき出たばかりだ。

マスターはキスしてるうちにアタシの身体に触れてくる。

その時、隣のドアが開く音がしてアタシたちは離れた。

「ケイタが帰ってきたのかも。」
と小声で言った。

そしてケイタがノックしてドアを開けた。

「あれ?ジョウさん、来てたんですか?」

ケイタはアタシとマスターの空気を読んだみたいだ。

「じゃあ、後にします。
ジュン、後で相談がある。

あ、俺、ちょっと忘れ物しただけだからすぐ出ます。
どうぞ続けてください。」

ケイタは意味深な笑いを浮かべ出ていった。

「キスしてたのバレたかな?」

そんな心配をしてるアタシにマスターはまたキスを始めた。

そしてアタシを抱くと仕事に出掛けて行った。

夕方、ケイタが帰ってきた。

「スッキリした顔してんな。」

今、ケイタの頭の中にいるアタシはマスターと裸で抱き合ってるに違いなかった。

マスターと寝た後のベッドをケイタに見せるのは何だか照れくさいし、落ち着かなかった。

そのベッドにケイタは躊躇なく座る。

「あ、テーブルの件なんだけど…」

真面目に仕事の話を始めた。

「聞いてんのか?」

「聞いてるよ!」

仕事をしてるケイタはかっこよかった。

ホントは仕事の話なんて全く頭に入ってこない。

アタシはケイタの指を見ていた。

ケイタも背が高いせいなのか大きな手をしていた。
オーナーよりも少しだけゴツい指をしてる。

あの指がアタシに触れたらどうなるんだろう。

そんなふしだらなことを考えるなんて絶対どうかしてる。

再び浮気してる気持ちになり胸が痛くて堪らなかった。

今日だけで何回こんな気持ちにさせられたんだろう。

「ジュン、聞いてねぇだろ?」

「え?」

「仕事が頭に入らないほど俺が気になる?」

「バカじゃないの?」

ケイタはアタシの目を見つめたまま
その視線を外さない。

「安心しろよ。お前に興味ないから。」

その言葉でアタシの胸がまた痛くなった。

そうだ、ケイタはアタシが嫌いなのだ。

「興味なんかない。」

もう一度そう言うとケイタがいきなりキスをした。

アタシは抵抗するどころか
身体の力が抜けたように目を閉じた。

浮気してる気持ちなんかじゃなくて
これはホントの浮気だ。

マスターの事もオーナーとの契約もその時だけは頭から排除して
アタシは目の前のケイタに夢中だった。

何も考えられなかった。

「興味ないよね。」

アタシがそう聞くとケイタは頷いて言った。

「お前なんか興味ない。」

そしてアタシにもう一度キスをした。
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