愛しすぎて、寂しくて
同居人 ケイタ vol.3
ケイタのキスはすごく強引だった。
優しくないキスで…
すごく激しくて怖くなった。
これはキスだけで終わるキスじゃない。

ケイタがアタシの身体に触れようとしたとき
アタシは自分がすごくいけないことをしてる気分だった。

「ちょっと、待って。」

ケイタは暫く止まらなかったけど
アタシはケイタの腕を掴んだ。

「やめてってば。」

その声でケイタの手が止まった。

「興味ないって言ったでしょ?」

「興味あるって言ったら最後までさせてくれんのかよ。」

アタシはケイタの頬を叩いた。

「なら何でキスしたんだよ。その気になってたろ?」

「ケイタなんか好きじゃない。好きじゃないの。」

ケイタは思いっきりドアを閉めて部屋を出てった。

アタシはどうにもならない気持ちが苦しくて
悲しくて涙が出てきた。

少し経つとケイタがまた部屋に来た。
泣いてるアタシを見て少し戸惑っていた。

「悪かった。

お前の気持ち考えてなくて…
ただ息苦しいんだ。
お前の事、頭で考えても答えが出ない。

好きなのか嫌いなのかもわかんねぇ。
ただ気になって仕方ないんだ。」

アタシも同じだった。

気になって何にも手につかない。

でもマスターを悲しませたくなかった。

「アタシはマスターが好きなの。
だから…ケイタとは寝たりしない。」

「それでも…お前だって俺のこと気になってるだろ?」

「ごめん、これ以上はホントに無理。」

今のアタシは自分の気持ちがよく分かってない。
こんな状態で答えを出すのは無理だ。

アタシの脚は良くなってケイタの肩は必要じゃなくなった。

それからの数日間、アタシたちは普通に仕事をした。

「明日から東京の家に暫く泊まる。」

オーナーが夕食の時、突然そう言った。
入院中だったお父さんが手術することになったらしい。
オーナーは言わなかったがお父さんの具合はあまり良くないようだった。

オーナーの父親に逢ったのはオーナーの結婚式で、一度見かけただけだ。

大会社の社長だけあって威厳があるというか近寄り難かった。

オーナーはお父さんの前ではいつも緊張してるように見えた。
それでもオーナーの父親はオーナーをちゃんと愛してて
オーナーもそんな父親を信頼して尊敬してる。

オーナーの家族はアタシには憧れだった。

「お前ら二人だけで大丈夫だよな?
言っとくけど俺の家で不純異性交遊は厳禁だからな!
女呼んでも、男を連れ込んでもダメだ。
それと、いいか?お前ら絶対に寝るなよ。」

「不純異性交遊って…ガキじゃねぇんだから。」

とケイタは笑って言った。

「お前らなんてまだガキだ。
25才にもなってフラフラしやがって。

いいか、俺が居ないからっていい加減な仕事するなよ。
帰ってくるまで何してたか報告書を出してもらうからな。」

オーナーはアタシとケイタの空気に気付いてるんだろうか?

「わかった。ちゃんとやる。だから心配しないで。
オーナーはお父さんのことだけ考えて。」

心配かけないようにアタシがそう言うとオーナーはアタシの頬を軽く2回叩いて
「頼むな。」と言った。

それを見たケイタは
「ハルキさんとジュンのが怪しいけど…」
と言った。

「ケイタ、ジュンには絶対手をだすなよ。」

そう言ってオーナーは次の日から暫くこの家に帰ってこなかった。

アタシはケイタと二人きりになった。

「心配するな。
気持ちがはっきりするまで
もうあんなことはしないから。」

ケイタの言葉を信じるしかなかった。
アタシは自分が信じられなかったから。

アタシたちは仕事に集中した。

その夜はケイタとカクテルを作った。

お店に出すオリジナルのカクテルを二人で作って飲んでみる。

「どう?」

「ちょっとバランスが悪いな。
こっちはどう?」

二人で試飲しながら飲んでるうちに酔ってきた。

「もう飲めない。」

「俺も」

「片付けるから寝て。」

ケイタは片付けるアタシの手を止めた。

「俺がやるから、お前は部屋に戻れ。」

「じゃあ、二人で片付けよう。それのが早く終わるよね。」

ケイタはアタシの手を掴んで離さない。

「片付けよう。」

アタシがそう言っても
ケイタはアタシを真っ直ぐ見つめたまま動かない。
お互い酔って理性を少しだけ失ってる。
マズイと思った。

アタシがケイタの手を振りほどこうとすると
ケイタは強い力でアタシを引き寄せた。

またキスされたらアタシは自分を止められなくなる。

マスターの事を思ってケイタの唇を避けた。

だけどケイタは止めなかった。
アタシが受け入れるまでケイタはアタシを離さないつもりだ。

その時、玄関のベルが鳴った。

夜遅くに来たのは仕事が終わったばかりのマスターだった。

インターフォンからマスターがアタシを呼ぶ声がした。

アタシがマスターの所へ行こうとすると
ケイタが無理矢理キスしてきた。

アタシはケイタの頬を叩いてマスターの所へ行った。

「ジュン、どうして逢いに来ない?
ハルキさんは居ないだろ?
ケイタは?」

「今から行こうと思ってた。」
アタシは嘘をついた。

そのまま家を出てマスターの部屋に泊まろうと思った。

「ケイタと仲良くなったな。」

「仲良くなんかないよ。
仕事仲間だからちょっとは歩み寄らないと…。」

嘘をつく度、アタシの胸は痛んだ。

マスターは少し心配そうな顔でアタシをみてる。

「ハルキさんが居ないからすぐ来ると思ったのに
連絡も来なかったから迎えに行ったんだ。

ケイタと二人きりにするのも何だか心配で…。
仕事忙しいのか?
それともオレに逢いたくなかったとか?」

「そんなことあるわけないよ。
オーナーが居ないからってすぐ行くのも悪い気がしたし…
オープンまでそんなに日がないのに準備もあんまり進んでなくて…」

言い訳してる自分がすごく嫌だった。

「だったら何でそんな辛そうな顔するんだ?」

アタシの気持ちがそこに無いことに気がつかないほど
マスターはバカじゃない。

なのに何も言わずにただ抱きしめてくれた。

その日マスターはアタシを抱かなかった。

アタシの気持ちの変化に気付いたからだろう。

「ジュン、辛いなら自分の気持ちに素直になればいい。
オレの前でそんな顔見せるくらいなら無理して来なくてもいいんだ。」

「ごめん。でもアタシはマスターと離れるなんて考えたくない。」

「離れるのはお前が離れたいと思った時だけだ。
オレはお前が心変わりしても
例え誰と寝たとしても…お前を手離せないんだ。」

アタシはまたその言葉で胸を痛める。
いっそ罵られた方が気が楽だった。

「ケイタか?」

アタシは答えなかった。

「いつかそうなると思ってた。
アイツはお前に似てるもんな。

危なっかしくて放っておけなくて…
愛情に飢えてて…信じた数だけ傷ついて…
世の中を真っ直ぐ見れなくなって…
だけど未だに子供みたいに根は純粋で…

嫌なくらいアイツはお前に似てた…
だから心配だったんだ。」

「マスターはケイタの何を知ってるの?」

「昔、オレが働いてたバーの近くの店でまだ16、7だったアイツが働いてた。

アイツの家庭は酷くてな。
飲んだくれて働かない親父が母親やアイツらを殴って
その母親が家を出て行って…
ケイタは学校辞めて働いて弟を大学まで行かせたんだ。」

ケイタが笑わないのはそんな生い立ちのせいだった。

「その親父も母親が居なくなってすぐ借金だけ残して亡くなって
ホントに大変だったと思う。
でもアイツはどんな仕事でもやってた。

その後アイツを助けてくれた人がいて少しは楽になったけど
もう少しでアイツはヤバイ仕事に手を染めるとこだったんだ。
そのくらい追い詰められてた。」

「だからケイタは笑わないんだね。」

「お前も笑わなかったろ。
今でこそたまに笑顔を見せるけど…
来たばっかりの頃は酷かった。」

ケイタも大変だったんだ。
だからきっとお互い気になるのかもしれない。

ケイタをあの家に一人にするべきじゃなかった。

「でもな、ジュン…
お前はケイタとは上手くいかない。

ヤキモチで言ってるんじゃなくて…
どうしてもダメな事がある。

いつかケイタはお前から離れる。
お前はその時、スゴク傷つくと思う。
それが分かってるから賛成出来ない。」

マスターが何を言ってるのかその時は分からなかった。

今のアタシはケイタの事でいっぱいだった。
付き合う前から離れることなんて想像出来なかった。

ちゃんとマスターの言うことを聞いておけばよかったと後悔する日が来てもいいとさえ思ってた。

「マスター…やっぱり今日は帰る。」

マスターはテーブルの上にあったバイクのキーを手にとって
「送ってく。」と言った。

アタシはマスターを傷つけただろうか?
マスターは全く顔に出さないからわからないけど
きっと何を言ってもだめだって分かってるから行かせるんだ。

「ジュン、辛いときは俺を頼れ。
ダメなら戻ってくればいい。」

そう言ってアタシを送り出した。

マスターは何もかも許してくれるけど
その分アタシの心は重たくなった。

家に戻るとダイニングテーブルでケイタはまだお酒を飲んでた。

「ジュン…戻ったのか?」

泣きそうな顔でアタシを見てるケイタをアタシは抱きしめた。

「…一人にしてごめんね。」

ケイタは何も言わずにキスをした。

何度もキスをして、アタシたちはお互いの気持ちを確かめ合うように抱き合った。

ケイタがダイニングテーブルにアタシを座らせて
アタシはケイタに脚を開いた。

テーブルの軋む音だけが耳に残った。

「ジュン…愛してるって言って。」

ケイタは抱きながら切ない声で何度もその言葉をねだる。

「ケイタ…好き…愛してる。」

アタシがその言葉を言うとケイタは嬉しそうに笑ってまたキスをする。

その笑顔が愛しくてアタシはケイタを強く抱きしめた。

抱き合った後、二人で後片付けをした。

そして一緒に露天風呂に入ってケイタのベッドで眠った。

アタシたちは会話するかわりにキスをした。

仕事はどんどん進んだ。
ケイタの意見を尊重出来るようになったし
良いものは素直にいいと言えるようになった。

そしてお互いの気持ちがハッキリしたから
その分頭も働いた。

マスターには、あれから一度も逢いに行かなかった。

逢わせる顔が無いからだ。

マスターはただの彼氏じゃない。
ずっと見守ってくれる家族みたいな人でもある。
時々恋しくて思い出しては泣いたけど
アタシはそれに耐えるしかなかった。

そしてオーナーが帰ってくる日が来た。

「仕事はちゃんとしてたみたいだな。
来週末はもうオープンだ。
暫く忙しいけど頑張れよ。」

オーナーは仲良くしてるアタシとケイタを見ても何も言わなかった。

アタシたちはそれを気付いてないと勘違いしてた。

でもアタシとケイタの事を既に知っていたオーナーはそれを暫く見守ってただけだった。

「ジュン、結局ジョウとは別れたのか?」

突然聞かれてアタシは何も言えなかった。

「ケイタはどうだ?優しいか?」

「…知ってたの?」

「お前はケイタを好きになると思った。」

「それなのにケイタと働かせたの?」

「ジョウよりはいいと思ったからだ。」

なんでオーナーがマスターをダメだと言うのか分からなかった。

「だけどホントにくっつくとはな。」

オーナーはなんだかすごく寂しそうだった。

「ジュン…幸せか?」

そう聞かれても何も答えられなかった。
心から幸せだとはマスターを裏切ったのに思えるはずはなかった。

「お前はまだ昔のまんまだな。
惚れやすくてみんなの愛情を欲しがって
その為なら誰とでも寝る。

それが愛だって思ってる。」

オーナーは少し酔ってるみたいだった。

「お前は分かってないんだよ。」

そう言ってアタシをいきなり抱きしめた。

オーナーの高そうな香水の匂いがアタシを包んだ。



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