愛しすぎて、寂しくて
同居人 ケイタ vol.4
ケイタはアタシのことでショックを受けたみたいだった。

もしかしたら何となくアタシを汚れてると思ったんじゃないかと不安になった。

この話を知った人は少なからずショックを受けるけど
アタシは心のどこかでみんな離れていってしまうんじゃないかと不安になる。

中学生の頃、仲の良かった友達もアタシを汚いものを見るような目で見てたし、
そうでなかったとしても、みんなどこがでアタシを疑ってた。

誘ったのはアタシで…先生は被害者だと思ってる人は沢山いた。

アタシはあのときの不安をケイタに持ってしまった。

「ジュン、大丈夫だよ。
アイツはもう来れないから。」

ケイタは優しくそう言ったけど…
アタシたちの間には確実に壁が出来た気がした。

アタシはそれをマスターに相談した。

「マスターは大丈夫?
アタシがあの男にされてた事を聞いても…」

「大丈夫じゃないよ。
あの男を許せない。」

「アタシのことは?許せる?」

「何でお前を?
お前は被害者なんだから許すも何も無いだろ?」

「でもみんながそういう風に受け止められる話でも無いから。
少なからずケイタはショックを受けたと思う。」

マスターはタバコに火を着けると
深い溜め息をつくように煙を吐いた。

「ジュン、お前がその事で劣等感を持つ必要は無いんだ。
悪いのはあっちだ。
お前はまだ中学生だったんだ。」

アタシは少しホッとした。
マスターはいつも変わらない。
アタシが2度もマスターを裏切った事を責めたりしなかった。

マスターがダメな理由は何なんだろう?
それがあるからマスターはアタシと離れることを納得してくれたんだろうか?

家に戻るとケイタが待っていた。

「ジュン、どこに行ってた?
一人で出掛けるのは危ないだろ?」

「Red coralに行ってきた。」

「ジョウさんに逢いに行ったのか?」

「そうじゃなくて…あそこから見る海が恋しくて。」

ケイタはそれ以上何も聞かなかった。
アタシはケイタとのこの壁を克服することが出来るんだろうか?

「ケイタ…愛してるよ。」

アタシがそう言うとケイタは笑った。

「こっちおいで。」

あたしがケイタの隣に座ると
ケイタはアタシを抱きしめてキスをした。

アタシはケイタに抱かれるつもりだったけどケイタはそれを避けた。

「お腹空いたな。ジュン、何か作って。」

あれから一度もアタシの身体に触れない。

アタシはパスタを作ってケイタと食べた。

何となく寂しかった。

オーナーが帰ってきてアタシはオーナーと二人で飲んだ。

「ケイタがあの事を知って変わった気がする。」

オーナーにも聞いてみたくなった。

「変わったって?」

「アタシに触らなくなった。」

オーナーはアタシの隣に座っていつものようにアタシの頬を2回優しく叩いた。

「そうじゃないよ。お前が考えてるような事じゃない。
だから考えるな。」

「オーナーは最初に知ったときどう思った?」

「どうって…そうだな。酷い奴らだと思ったよ。」

「アタシのことは?汚いとか思わなかった?」

「何で汚いんだよ。ジュンは純粋で綺麗だと今でも思ってる。」

「純粋じゃないよ。誰とでも寝るバカな女でしょ?
だからオーナーだってアタシには何もしないんでしょ。」

オーナーは呆れた顔でアタシを見てる。

「ジュン、一人くらいお前の身体を欲しがらない男が居てもいいだろ?
俺がお前を連れてきてお前の回りにいた大人と同じことをしたらお前はどう思った?
身体目的で拾ってきたと思われただろ?
そんな風にお前は世の中の男を見てた。
俺はそんな大人ばかりじゃないって思ってほしかった。

それは今だって変わらない。

俺はそんなつもりでお前と一緒に居るワケじゃない。
女としての魅力を感じないとか、
お前が汚れてるとかそんなこと考えたこともないんだ。

お前は特別なんだ。だから俺はお前を大事にするよ。」

何となく感動した。
オーナーの言葉にはいつも愛がある。

たった一人アタシを女として見ない人。

家族みたいに親身になって無償の愛を与えてくれる人。

「ケイタ…戻ってきてくれるかなぁ。」

アタシはglassに入っていたワインを一気に流し込んだ。

「ケイタは少し繊細だからお前を傷つけないように気を遣ってるだけだ。
アイツもガキの頃から暴力を受けて育ったんだ。
お前の気持ちがわかりすぎるから
自分の欲求を押し付けたり出来なくなったんだ。

ジュンが考えてるような気持ちじゃないよ。」

オーナーの話はアタシを納得させてくれた。

アタシはケイタの部屋に行ってケイタのベッドに潜り込んだ。

「ジュン、どうした?」

「一人で居たくない。」

そう言うとケイタはアタシを抱きしめてくれた。

アタシはケイタにキスをした。

ケイタはアタシを抱きかけて躊躇った。

「抱きたくない?」

アタシがそう聞くと

「抱きたいよ。
でも…俺はジュンを抱くとき自分の欲求を抑えられなくなる。
ジュンが嫌がることもさせるだろ?
それが怖いんだ。」

「嫌な事なんてないよ。
ケイタを愛してるから大丈夫。」

その夜、ケイタはアタシを抱いた。
まるで壊れ物を扱うように優しかった。

「ジュン、愛してる…」

アタシはそんな優しいケイタが愛しくて堪らなかった。

だけど次の日、ケイタの人生にまた思いもかけない不幸が起きた。

突然ケイタの母親が現れたのだ。
ケイタに母親が逢いに来たのは出てってから初めてのことだった。

ケイタは母親に捨てられたせいで高校も卒業できず
ひたすら働いてきた。

その母親が何とケイタにお金の無心をしてきた。
母親はケイタに逢いたかったんじゃなくてお金の為に会いに来た。

もちろんケイタは断った。
ケイタの弟はまだ大学生でケイタにその余裕はなかったからだ。

でもその矛先はオーナーに向いた。

母親はオーナーを訪ねたのだ。

オーナーは母親に逢い、お金を渡し、
ケイタの前にお金の件では現れないでほしいと頼んだ。

ケイタはその事を後から人づてに聞いて
今までずっと助けてくれてたのがオーナーだと知った。

ケイタは17の時、どうしてもお金が必要で犯罪に関わるような仕事まで引き受けようとしていた。

それに偶然気付いたのがオーナーだった。

オーナーは表立って出てこなかったが
ケイタの家の借金を肩代わりして、
月々の返済を楽にさせた。

お金は特に返さなくても良かったんだろうが
それではケイタも納得しないと思ったのでそうしたらしい。

そして別の仕事を見つけてマスターを介してバーテンダーとして育てた。

そして頑張ってバーテンダーとして一人前になったケイタを自分の店に呼んだのだ。

母親の登場でその事がケイタにばれてしまった。

「今まで助けてくれたのはハルキさんなんですね。
俺はどうやって恩返ししたら…」

「あの店で頑張ってくれたらいいんだ。
月々の返済だって遅れたことないだろ?
俺はお前を信じてるし、お前にも幸せになってほしい。

でも一つだけ頼みたいことがある。
ジュンを傷つけないでくれ。」

「ずっと思ってたんですが…ハルキさんはやっぱりジュンを…?」

「そうじゃない。だけどジュンは特別なんだ。
だから大事にしてほしい。
絶対に泣かせるな。」

「何でジュンに好きだって言わないんですか?」

「俺とはそういうんじゃないよ。」

その日、ケイタはアタシに言った。

「もし、俺とハルキさんが助けてくれって同じ時間にお前に言ったらお前はどっちに行く?」

「何でそんなこと聞くの?」

アタシは答えなかった。
それはケイタの前でオーナーを選ぶ事が難しいからだ。

アタシはたとえ誰であってもやっぱりオーナーを一番に考える。
それだけオーナーに助けられて来たから。

「やっぱりお前は俺よりハルキさんが好きみたいだな。」

「それは…そういう好きじゃなくて…」

「いいんだよ。ハルキさんも多分お前が好きだしな。」

ケイタが何を言いたいのかわからなかった。

「俺はハルキさんには勝てない。
お前を愛してるけど…あの人の期待に応えられるほど愛してるかは分からない。」

「どういう事?」

「お前の相手はきっと俺じゃないんだろうな。」

ケイタはなぜか泣いていた。
そして何かを決めていた。

「ジュン、少し距離を置かないか?」

ケイタが何で突然そんなことを言ったのかわからなかった。

ケイタは愛してるって言わなくなって…
キスもしなくなって…
肌も合わせなくなった。

アタシは寂しくて泣いた。
ケイタと別れたくなかった。

オーナーは好きだなんて絶対に言わないのに…

マスターが言ってたのはこの事だと思った。

ケイタはいつかアタシから離れる。

それはオーナーが恩人だと知って
オーナーの大切なモノを奪えないと感じた時だ。

皮肉にもそれがアタシだとケイタは思ってしまった。

アタシはオーナーのせいでケイタも失うみたいだ。

好きだとも言ってくれない過保護な男のせいで…

アタシはオーナーに言った。

「ケイタに何を言ったの?」

「お前、酔ってるのか?」

「ケイタにアタシと別れろって言ったの?」

オーナーはアタシの言葉に少しビックリしていたようだ。

「何でアタシの邪魔するの?
ケイタを連れてきたのオーナーじゃない?
マスターと離すために連れてきたんでしょ?

今度はアタシからケイタを奪うの?」

「お前、何言ってんだ?」

「オーナーなんて大嫌い。
もう店は辞める。
ここも出てく。
オーナーなんかにアタシの人生操られたくない!」

オーナーは酔ってるアタシを抱きかかえ部屋まで運んだ。

そしてケイタの部屋に行った。

「お前、ジュンと別れるって?」

「ハルキさん、ホントは俺じゃダメなんでしょ?
ジュンを幸せに出来るのは俺じゃないですよね?」

「お前の気持ちはそんな簡単なのか?
ジュンを愛してるんじゃなかったのかよ?」

「みんな気づいてますよ。
ジョウさんだって誰だってハルキさんには敵わない。
ジュンは誰よりハルキさんを思ってるし
ハルキさんもジュンが死ぬほど好きでしょ?
手も出せないくらい。」

オーナーはケイタを殴った。

「言ったよな?ジュンを泣かさないでくれって。」

「俺が簡単に諦めたと思いますか?

だけどジュンがホントに好きなのはハルキさんですよ。
俺はどうしたってハルキさんには敵わない。
何で好きだって言ってやらないんですか?

俺が邪魔なら消えますよ。」

アタシは眠っててこの二人のやり取りを知らない。

結局ケイタはアタシのもとには戻ってこなかった。
ケイタは愛より義理を選んだ。

あんなに愛し合ったのが嘘みたいに
ケイタは簡単にアタシを諦めたと思った。

マスターが言った通りダメな物はダメだった。
アタシは傷ついて何日も泣いた。

そしてケイタとはただの仕事のパートナーになった。



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