愛しすぎて、寂しくて
教師 櫻木
バー"Starfishの"オープンの日が近づいた。

今夜は親しい人などを集めてレセプションパーティーが開かれた。

オーナーの人脈で沢山の人がやってきた。

Crystal dragonの花邑さんや
オサムさんの元妻のアケミさん
Redcoralの常連のお客さんなど
そこには今まで知り合った人が沢山いた。

今日はマスターも手伝いに来てくれてた。

そしてアタシはそこで思いがけない男にあってしまった。

「鮫島、元気だったか?」

その男を見た瞬間全身に鳥肌がたった。

「色っぽくなったな。」

その男と逢うのは12年ぶり位だ。
まだ大学を出て2、3年だった男も30代後半になっていた。

この男がアタシの人生を変えた男だった。

「せ、先生…」

アタシはその男の顔を見るなり逃げ出した。

スタッフルームで震えてるアタシをオーナーが見つけた。

「ジュン、どうかしたのか?」

「な、何でもない。」

「何でもない顔じゃないだろ?」

アタシが何も言わないのでオーナーはアタシの肩を抱くと

「イヤな客が居たら俺に言え。
帰ってもらうから…」

そう言って部屋を出ていこうとした。

アタシはオーナーの腕を咄嗟に掴んでいた。

「行かないで。一人にしないで…」

オーナーはアタシを抱きしめてくれた。

「誰か逢いたくないヤツに会ったんだな?
昔の知り合いか?」

先生は学校では人気の教師だった。
いつも笑顔で優しくてみんなに好かれてた。
アタシも例外じゃなかった。

昼休みになると先生の回りには女の子が沢山いた。

二年生になって担任に決まった時は嬉しかった。

先生がママと付き合う前は…

ある日、アタシはママと先生の関係を知ってしまった。

夕方塾から帰ると、ママの部屋から先生が出てきたのだ。

「何で先生が?」

アタシが聞いても先生は何も言わずに出ていった。

何となくイヤな予感がして、ママの部屋のドアを開けた。

そこには乱れたベッドで裸のままうつ伏せに寝てるママの姿があった。

何があったかはそれを見ればわかった。

そして次の週、塾に行く振りをしてママの部屋を見張った。

先生はその日もやってきた。

ママの部屋からあの声が聞こえて
アタシは先生のことを軽蔑するようになった。

先生はアタシのその態度にすぐ気がついたようだ。

「鮫島、話がある。」

その日の放課後、アタシは先生に呼び出された。

「もしかしてお母さんとのこと疑ってるのか?」

「疑ってる?」

アタシは鼻で笑った。

「先生がママとヤってるってこと?」

「何か勘違いしてるだろ?先生とお母さんはそんなんじゃなくて…」

「先週もアタシの塾の時間狙って来てたくせに。
先生がママとヤってるってバラそうか?」

「鮫島、違うんだよ。」

「何が違うの?ホント最低。」

アタシはそう言い残して教室を出た。

アタシのその態度が先生の逆鱗に触れたみたいだ。

次の日の夜、先生はママの仕事の間に家に訪ねてきた。

「何の用?ママなら居ないんだけど…」

「お前に話があって…ちょっと上がってもいいか?」

その後の事はよく覚えてない。

アタシは強い力に押さえつけられて動けずに
ただ終わるまで飛んで散らばったブラウスのボタンをじっと見ていた。

先生が帰った後、アタシは急いで身体を洗った。

ママにこの事が知れてはいけないと思った。

ブラウスのボタンを拾ってブラウスと膝まで下ろされた下着も全て切り刻んで紙袋に入れてゴミ箱に棄てた。

深夜、ママはお酒を飲んで帰ってきてアタシの変化に気付くこともなく眠ってしまった。

次の日、アタシは学校に行かなかった。

先生からママに電話があったみたいで
アタシはママに叱られた。

「学校サボったの?
アタシが先生に叱られたわよ。
明日行かなかったら追い出すからね。」

ママはアタシに何があったかなんて聞いたりしない。

アタシは次の日仕方なく学校に行った。

案の定、先生に呼び出された。

「お前は俺のモノになったんだ。
これからは俺に逆らったりしないで素直になれよ。」

「先生がアタシにしたことママに言うから。」

「お前、行くとこ無くなるぞ。
あの母親が自分の男寝とった娘を許すと思うか?

お前の母親は俺に夢中だよ。
それに俺と寝たことが学校のみんなにバレてもいいのか?

中学生が教師となんて、しかも母親とも出来てたなんて
お前も好奇の目で見られて居場所なくなるぞ。」

アタシは怖かった。
先生はまるで悪魔に見えた。

「いいか、俺の言うこと聞いたら悪いようにはしない。
お前、中身はガキでも身体はもう立派な大人だ。
楽しませてやるからな。」

鳥肌がたった。

それから先生はママの居ない時間に来るようになった。

アタシはその時間、何も言えず抵抗も出来ず
先生の欲を満たすためじっと耐えた。

ところがある日、ママが仕事を早退して
アタシが先生に暴力を受けてる姿をママが見てしまった。

「ヨウコさん、違うんだよ。ジュンが誘ってきて…」

ママはその言葉を信じてアタシの頬を思いきり叩いた。

「あんた、どういうつもり?
中学生のくせに人の男に手出したの?」

「ママ…違う」

アタシが泣いて訴えてもママは怒りの矛先をアタシに向けた。

その後先生はママをなだめたけど
ママの怒りはおさまらなかった。

「先生、よくもジュンなんかと…。」

ママは次の日、学校で先生が娘に手を出したと大騒ぎした。

アタシが先生を誘惑したという噂はすぐに広まった。

おまけに他の生徒の親から苦情が出て
ママと出来てた事もバレて先生は学校をクビになった。

この事でアタシは信頼も友情も全てなくした。

次の日から虐められた。
クラスのヤツからは無視されて
3年生の男たちに乱暴されそうになったりした。

その中にいたナオキという男に言われた。
「俺の女になったらコイツら止めさせてやるよ。」

アタシはナオキを利用することにした。

ナオキはこの学校の中で一番権力を持つ男だ。

アタシはナオキの女になり
学校でアタシの噂を話す人も居なくなった。

虐めは無くなり、他の男に狙われることも無くなった。

ナオキとは卒業するまで付き合った。

高校はアタシの噂を知ってる人の居ない少し離れた場所を選んだ。

ママは相変わらず色んな男を部屋に連れてきていた。
アタシはあまり家に帰らず
ママと同じように男を作って毎晩遅くまで遊んでいた。
そして高校卒業と同時に家を出て今に至ってる。

その後先生の行方は聞いてなかった。
先生はアタシとママのせいでクビになったと思ってるだろう。

そう思うと仕返しされそうで怖かった。

先生との事はオーナーにもマスターにもちゃんと話してない。
二人ともアタシがひどい目に遭い
不毛な学生時代を経てここに来たことはわかってるだろうがあの時の相手のことだけは話したくなかった。

あの事について話したのはタクミただ一人だけだ。

「あの、鮫島ジュン呼んでもらえますか?」

先生はマスターに声をかけた。

マスターは怪訝そうな顔をして先生に聞いた。

「ジュンとはどういう…?」

「中学生の頃の担任です。櫻木と言って頂ければわかると思います。」

「ちょっとお待ち下さい。」

マスターがスタッフルームに来たとき、
アタシはオーナーに抱きしめられてた。

でもマスターは顔色も変えずにオーナーに聞いた。

「ジュンどうかしたんですか?
中学生の頃の先生が来ていてジュンに逢いたいって言ってるんですが…」

オーナーの腰に回した手にギュッと力が入って身体が震えてきた。

「ジュン、逢いたくないんだろ?

ジョウ、俺が代わりに逢う。
お前はジュンを頼む。」

アタシの代わりにオーナーが出ていった。

マスターがアタシに聞いた。

「大丈夫か?顔が真っ青だ。」

その頃オーナーは先生に逢っていた。

「ジュンに逢いたいって方ですか?」

「はい。ジュンが中学生の頃、担任をしてた櫻木と申します。
あの…ジュンは?」

「ジュンは今、手が離せなくて…
ところで先生、ここには誰の紹介で?」

「Crystal dragonの花邑さんです。」

「花邑リュウタロウですか?」

「はい。花邑さんのお子さんは僕の生徒ですから。」

花邑さんはバツ2だ。
小学生の子供もいるシングルファーザーだ。

「そうですか。
あの…少し私と話をしませんか?」

「え?…あ、はい。」

オーナーは奥の個室に先生を通した。
そしてウィスキーをロックで用意すると先生の席の前に置いた。

「ジュンのことはどこで知ったんです?」

「偶然です。」

先生の目が泳いだのをオーナーは見逃さなかった。

「このまま帰って頂けませんか?
あなたとジュンがどんな関係なのかわかりませんが…
ジュンは昔の知り合いに逢うのを極端に嫌がるんです。」

「ジュンが言ったんですか?逢いたくないと…」

男の目付きが変わってオーナーはますます不信感を増した。

「悪いけどこの店には来ないで貰えますか?
どうやらあなたはジュンにとってもっとも逢いたくない相手のようだ。」

「アンタはジュンの何なんだ?
あの女は俺のモノなんだ。
やっと探したんだ。」

「アンタはジュンに何をしたんだ?」

「ジュンを女にしたのは俺だよ。」

オーナーは人を呼んで先生を他のお客樣に分からないように無理矢理外に出した。

そしてスタッフルームに戻ってきた。

「ジョウ、悪い…ちょっと外してくれ。」

マスターを外に出すとオーナーはアタシを抱きしめた。

「ジュン、安心しろ。俺が守ってやるから。」

アタシはオーナーの胸で泣いた。

怖かった。あの男に場所を知られて怖くて堪らなかった。

「全部わかってるから安心しろ。
いいか、一人になっちゃダメだ。

ケイタにも助けて貰おうな。」

その夜、パーティーの後でオーナの家で
アタシとケイタとマスターとオーナーで話をした。

「ジュンをある男から守ってほしい。」

「ある男って?」

ケイタは先生の存在を気にした。

オーナーもマスターもそこまでは聞かなかったけど…
アタシは全てを話した。

ケイタはすごくビックリしてすごく怒ってた。

オーナーとマスターは知ってるみたいで何も言わなかったしビックリもしてなかった。

オープンの日の帰り道、先生が帰宅するアタシを待ち伏せしていた。

アタシはケイタと一緒だった。

ケイタはいきなり先生に殴りかかった。

「お前、ジュンに何をしたんだよ?」

「お前がジュンの今の男か?

この女に男を教えたのは俺だよ。
男がどうしたら気持ちいいか教えてやったんだ。

ジュンは俺のせいで男なしじゃ居られなくなって
中学生の頃から色んな男と寝てたよ。」

ケイタは馬乗りになって先生を殴った。

「黙れ!黙れよ!」

アタシは怖くて泣いていた。

誰かに通報されて警察が来た。

オーナーが迎えに来て事はどんどん大きくなった。

アタシの過去は掘り返され
アタシはまた深い傷を負った。

ケイタはアタシに何度も謝っていた。

でもケイタの気持ちは嬉しかった。

「ケイタは悪くないよ。」

そしてケイタはその日からアタシを抱かなくなった。

アタシの過去はケイタまで深く傷つけてしまったみたいだった。



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