愛しすぎて、寂しくて
ライバル リュウタロウ vol.1
ケイタと別れて1ヶ月が過ぎた。
アタシはまだ立ち直れないままだ。

オーナーとはあれからあまり話さなくなった。

ケイタと別れたのがオーナーのせいだと思ってたからだ。

ケイタとは友達のようになったけど
もちろんアタシには恋愛感情が残ったままだから
友達にはなれない。

でも一緒に働く者として職場の雰囲気を暗くしないように仲良く振る舞った。

それはケイタもきっと同じだ。

ある晩、珍しくお店にCrystal dragonの花邑さんが来た。

「ジュン、元気だったか?
いい店だね。
さすがあの麻生ハルキだ。
ここが出来てウチのバーは大打撃だよ。」

「皆さんお元気ですか?」

「うん。たまには遊びに来なよ。」

どうやら花邑さんは偵察に来たようだ。

でもCrystal dragonのバーはレストランと違ってほとんどが常連さんで
ウチとは客層も違った。

「ケイタ、相変わらずいい男だな。」

「こんばんは。リュウさんも相変わらずで…。」

花邑さんはケイタの事を知っていた。

「ケイタ、花邑さんと知り合いだったの?」

「うん。昔、俺が勤めてた店によく来てくれてた。」

「ケイタは都内で有名だったからね。
バーの経営者はみんなケイタを欲しがった。
腕もあるし、何と言ってもいい男だしね。

女性の集客は苦労しないだろ?

ここはジュンもいるから男性客も沢山来るね。」

花邑さんは相変わらず言葉に重みがない。

「それはそうとジュン、ジョウと別れたんだって?」

「あぁ…まあ、ね。」

ケイタの前でする話じゃないと思った。

「ケイタと出来ちゃったんだろ?」

花邑さんも男と女の事に関してはオーナー並みに勘が鋭い。
ますます話がややこしくなった。

「花邑さん、そういう話は…」

「ハルキは何やってんだか…」

アタシとケイタの空気が一気に重たくなった。
花邑さんはそれに気付いたのが話題を変えた。

帰るとき、花邑さんはアタシに話があると外に連れ出した。

「ジュン、ケイタと何かあったんだろ?
そんな暗い顔してちゃダメだな。」

アタシは花邑さんに見抜かれたことを反省した。
まだまだ人間が出来てないと思った。

「気晴らしに今夜、遊びに連れてってやるよ。
仕事終わったらCrystal dragonに来て。」

「え?いいです!」

「遠慮するなよ。ハルキのせいだろ?
俺がアイツを懲らしめてやるから。」

オーナーをホントに懲らしめられるのか花邑さんを信じたくなった。

今はオーナーが苦しめばいいと思ってた。

アタシは仕事が終わるとその話を聞きにCrystal dragonに行った。

お店は既に閉店していて
ライトが消えた庭にクリスタルでできた大きな龍が息を潜めているように不気味にそびえ立って見える。

店の重い扉を開けると花邑さんが一人でアタシを待っていた。

「お、来たな。こっちおいで。」

花邑さんは相変わらず軽いノリで何となく戸惑った。

「緊張しなくていいよ。もしかして俺が怖い?」

「うん。」 

「正直だなぁ。大丈夫だよ、捕って食ったりしないから。」

アタシがなかなか近くに寄らないので
花邑さんから近づいて来た。

「俺について何を聞いたか知らないけど
そんな警戒しないでくれよ。」

花邑さんはアタシの手を引いてカウンターに座らせた。

「その暗い顔の原因は何だ?
またハルキがジュンをケイタと別れさせたのか?」

「何で知ってるの?」

花邑さんは少し笑って
カウンターの中に入ってウィスキーを手に取った。

「ちょっと飲もうか?
ロック?水割り?それともソーダで割る?」

「ソーダ割りで。」

「うん。」

花邑さんがお酒を作る手を見ていた。

花邑さんの指も綺麗な指だ。
オーナーより少し爪が大きくて男らしい。

オーナーと同じ苦労を知らない手に見えた。

「ハルキはジュンをどうしたいんだろうな?」

アタシは黙っていた。

何となく花邑さんに心の中を読まれそうで
何も言わずに座っていた。

「ハルキと離れてみたら?」

「え?それは…それはダメです。」

「アイツがジュンを失ったらどうなるか知りたくない?」

離れる事を考えたこともあった。
だけどどうしてもアタシがオーナーから離れられないのだ。

「ダメだよ。オーナーとは離れられない。」

「じゃあ、離れなくてもいい。
その代わり俺のモノになれ。」

花邑さんの言葉にビックリしていると
花邑さんがアタシにキスしてきた。

アタシはビックリして花邑さんの顔を見た。

「今度の相手が俺だとわかったらハルキがどう出るか知りたくないか?」

花邑リュウタロウと付き合いたい女は沢山いる。

金持ちでスマートで優しくて…
そして女を決して傷つけない。

バツ2だけど…女好きって有名だけど…
花邑さんは誰より優しい人だった。

「でも花邑さん彼女いるでしょ?
エリカさんは?」

「エリカ?エリカは彼女じゃないよ。
それにエリカはもうすぐ結婚するよ。
もちろん俺じゃない男と。

みんな俺の事女好きとか…女たらしとか言ってるだろ?

でもみんなホントの俺を知らないんだよ。」

「でもアタシに何もしないって言ったのにキスした。」

「そうだな。何でだろ?」

花邑さんは子供みたいな顔で笑う。
その笑顔がきっと女の子をキュンとさせるんだ。

「ジュン…俺じゃダメか?」

「何でアタシなの?」

「ハルキが惚れてる女だから興味を持った。
もちろん…ハルキの大切な人だと思って女として見ないようにしてたけど…
でもハルキはジュンと付き合うつもりは無いみたいだし…
ハルキを試したくなった。」
 
「そんなの尚更ダメだよ。
アタシを好きな訳じゃないならそんなに簡単に誘ったりしないで。」

「好きだよ。
ジュンはすごく魅力的だ。
可愛いし、色気もある。
男なら誰でもジュンみたいな子と付き合いたいって思うよ。」

花邑さんはホントのアタシを知らない。
アタシは花邑さんみたいな立派な人と釣り合うような女じゃない。

「花邑さんはアタシの事を何にも知らないよ。」

「そうだとしても…もっとジュンの事を知りたいんだ。」

「アタシがオーナーのモノだから?」

「それも無いって言ったら嘘になるな。
でもそれだけで付き合いたいとか普通思わないだろ?

それにジュンはモノじゃない。」

何となく落ちつかなかった。

恋をする前兆に感じるあの感覚だ。

ケイタと別れて間もなくて寂しいからって
そんなに簡単に他の人を好きになったりするなんてあり得ないと思って首を振った。

「花邑さん、アタシはそんな風に簡単に考えられない。」

帰ろうとするアタシを花邑さんは引き留めた。

「待て。俺の事ちゃんと考えてみろよ。」

見つめられると胸が苦しくなった。

何も言えずにいると花邑さんはもう一度アタシにキスをした。

そしてアタシを抱きしめてもう一度
「ちゃんと考えるんだ。」
と言った。

アタシはまた簡単に恋に落ちそうになる。
優しい男は厄介だ。
アタシは優しくされることに慣れてなくてそういう男に弱いから。

家まで送ってもらうと門の前でタイミング悪くオーナーと鉢合わせしてしまった。

「お、ハルキ、今帰りか?」

オーナーはアタシと一緒にいる花邑さんを見て少しビックリしていた。

「リュウ?こんな遅くまで何でお前がジュンと?」

「ちょっとな。ジュン、じゃあな。おやすみ。
また連絡する。」

そう言ってオーナーの前でアタシの頬にキスをした。

そしてオーナーは妹に手を出された兄貴みたいに腹を立てた。

「お前どういうつもりだよ?
ジュンに手を出すなって言っただろ?」

そんなことを言うオーナーにアタシはまたイライラさせられる。

「ジュン、お前もどういうつもりでリュウと逢うんだ?」

あたしが花邑さんと付き合うことを決めたのは
オーナーのこの言葉がきっかけになった。

「花邑さんと付き合ってみる事にした。」

それを聞いたオーナーは寂しそうな顔をする。
そんな顔するくらいならどうしてアタシを捕まえてくれないんだろう。
 
「ケイタの事はもういいのか?」

「ケイタはもうアタシのとこには戻ってこない。
オーナーが引き離したんでしょ?」

「そんなことしたと思ってるのか?」

アタシは答えずに家に入った。

「お前、ジュンをどうするつもりだ?」

「悪く思うな。
ジュンはもうすぐ俺のモノになる。」

花邑さんはその日からアタシの恋人になった。

それを知ったケイタがアタシに怒った。

「ジュン、リュウさんと付き合うんだ?

俺はリュウさんの為にお前と別れた訳じゃないよ。」

「ケイタは誰かの為に簡単にアタシを捨てられるんだね。」

「簡単じゃなかったよ…」

それでもアタシはケイタに裏切られた気持ちで一杯だった。

「とにかくもう決めたから。」

「リュウさんの事がホントに好きなのかよ?
違うだろ?
ジュンが好きなのはハルキさんだ。」

「違うよ。アタシがホントに好きだったのはケイタだよ!」

「お前はわかってないんだ。」

「わからないのはどっちなの?
どうしてみんなオーナーが好きだと思うの?
オーナーは大切だけど男として好きなんかじゃない!」

アタシは大きな声で言いながら思っていた。

ホントはアタシにとってオーナーはずっと男だ。
手の届かない高嶺の花みたいに諦めてるだけだ。

でも…ケイタと付き合ってるときはケイタを
マスターと付き合ってるときはマスターを一番愛してた。

ケイタもマスターもオーナーを忘れさせてくれてた。

「花邑さんと付き合うならジュンを手離さなきゃよかった。」

「離さないでよ。ケイタ、アタシはまだケイタが…」

「ごめん。」

ケイタはその先を言わせてくれなかった。

もう絶対に帰ってこない。

アタシはケイタが恋しくて
オーナーを恨んで泣いた。

泣いてると花邑さんから電話がかかってきた。

「ジュン…どうした?泣いてるのか?
ハルキに叱られた?」

「ううん…」

「そっちに行こうか?」

「花邑さん、アタシ…あの店辞めようかな?」

「そうしろよ。
ウチの店にくればいい。
ジュン、俺が幸せにしてやるから。」

次の朝、アタシはオーナーに言った。

「オーナー、アタシはここを出てく。
花邑さんの所に行くことにした。」

オーナーはアタシを冷たい目で見て言った。

「好きにすればいい。」

そしてアタシは家を出た。

8年間お世話になったオーナーから自立するために…。
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