愛しすぎて、寂しくて
ライバル リュウタロウ vol.2
アタシはオーナーの家を出て店も辞め
花邑さんのマンションに転がり込んだ。

花邑さんのマンションは最上階のペントハウスだ。

そこに一人で住んでいた。

「お子さんは?」

「あぁ、子供は元妻の所にいる。
親権は俺にあるけど養育権は向こうでね。

あ、悪かったね。
子供の家庭教師があんなヤツだって知らなくて…

ジュンのこと知って鳥肌がたったよ。
娘をあんな男に預けてたなんて。」

「その話は誰に聞いたの?」

「レセプションパーティーの時、櫻木が追い出されたって聞いて後から調べてね。

嫌なこと思い出させたね。」

花邑さんもアタシの過去を知る一人だった。

「これから宜しくお願いします。」

アタシが頭を下げると
花邑さんはニッコリ笑った。

そしてアタシの手を引いてベッドに連れていく。

「とりあえず寝てみよう。
寝たらもっと深く愛し合えるようになる。」

アタシの顔を大きな手で包んでキスをした。

花邑さんの指がアタシを愛し始めると
オーナーの顔が浮かんだ。

すごくいけないことしてるみたいな気分だったけど
それがスパイスになった。

「ジュン、幸せになろうな。」

花邑さんは優しくて、ちょっとエロくて素敵だった。

アタシたちはいつも一緒だった。

花邑さんは色んな所に連れてってくれて
色んな事を教わった。

アタシは花邑さんの色に染まり
身に付ける物全てが変わっていった。

この辺でアタシと花邑さんのことを知らない人は居ないくらい、毎日仕事が終わると明け方までデートした。

家では同じ物を食べ、同じベッドで眠った。

幸せだった。

オーナーに逢うまでは…

「ジュン、今日はStarfishに行かないか?」

2ヶ月ほど経ったある日、花邑さんが仕事帰りにアタシを誘った。

「行きたくない。」

アタシはまだ気持ちの整理がついてない。

ケイタに逢いたくなかった。
そして…オーナーに逢うのを恐れた。

「そろそろハルキに顔見せないと。」

「でも…」

「いいか?ジュンはもう俺の恋人だ。
ハルキが何言ったって

俺の側に居ればいい。」

花邑さんはそう言ったけど…

アタシが怖いのはオーナーがアタシに見向きもしないことだ。

結局、アタシは花邑さんに押しきられてStarfishに行った。

開口一番ケイタが言った。

「裏切り者、何しに来た?」

花邑さんがアタシの腰に手を回してアタシの代わりに答えた。

「デートだよ。見ればわかるだろ?

ハルキは?元気か?」

ケイタは呆れた顔をしていた。

「ええ、変わらず元気ですよ。
今日は来るかわかりませんよ。」

アタシはオーナーが居なくてホッとした。

しかし帰る少し前に扉が開いてオーナーが入ってきた。

「お、ハルキ、久しぶりだな。
逢いたいと思ってジュンも連れてきたんだ。」

オーナーは一瞬アタシの顔を見たけど
それだけだった。

「お前はどうだ?元気か?
店は順調かよ?」

予想通りオーナーはいつも通りでアタシの顔もほとんど見なかった。

アタシは帰りの車の中で落ち込んだ。

「ハルキの態度が気になった?」

「ううん。」

花邑さんにこんなアタシは見せるべきでは無いと思った。

「ジュンはまだハルキが好きなんだな。」

「違うよ。」

「そろそろ俺だけを見てくれないか?」

「うん。わかってる。それに今のアタシには花邑さんだけだよ。」

アタシは花邑さんにキスをする。
そして見つめあって笑顔を見せると
今度は花邑さんから長いキスをした。

その夜はよく眠れなかった。

オーナーに冷たくされて気が滅入っていた。

アタシを抱きしめて眠る花邑さんの腕をすり抜けて
一人キッチンでワインを飲んだ。

一本空けてしまったくらいでかなり酔いが回っていた。
アタシは理性を失ってオーナーの声が聴きたくて酔った勢いで電話をかけてしまった。

「ジュンか?こんな時間にどうした?」

オーナーはさっきみたいに冷たくなくて
心配そうないつもの声に戻ってた。

「オーナー…アタシの事怒ってるよね?
もう許してくれないよね。」

アタシはお酒のせいかいつのまにか泣いていた。

「ジュン、幸せじゃないのか?」

「ううん、幸せだよ。」

「ならどうして泣いてる?」

「逢いたいよ。」

暫く沈黙が流れた後、オーナーが言った。

「今、出られるか?
だったらマンションの下まで降りてこい。
迎えに行くから。」

アタシは電話を切ってフラついた脚で部屋を出た。

エレベーターに乗ろうとすると後ろから突然花邑さんがアタシの腕を掴んだ。

「行かせない。」

花邑さんがアタシを抱き上げて嫌がるアタシをベッドに押し倒した。

そしてアタシの両手を抑えて脚を開いた。
花邑さんの指がアタシに触れる。

「お願い…やめて。」

花邑さんは泣き叫ぶアタシの口を自分の口で塞ぐようにキスをした。

「お前が俺のモノだってわからせてやるよ。」

花邑さんはまるで別人だった。

アタシの携帯にオーナーから何度も電話が入っているのがわかった。

花邑さんはアタシを抱きながらその電話をとった。

「ハルキ、ジュンの声が聞きたいか?
聞かせてやるよ。

ジュン…もっと声だせ…」

花邑さんは抱かれてるアタシの声を聞かせようと電話をアタシに向ける。
アタシはその声を聞かせたくなくて声を殺した。

そこでオーナーは電話を切った。

花邑さんは強引だった。

別の人が身体を動かしてるみたいに
愛なんかそこには無くて憎しみだけでただ残酷に欲を満たした。

終わった後、花邑さんは泣いてるアタシを抱きしめて
「ごめん。酷いことした。」
と謝って頭を撫でた。

オーナーが絡むと花邑さんは別のスイッチが入る。

小さい頃から比べられて
花邑さんはなかなかオーナーに勝てなかった。

勉強もスポーツも女の子にモテるのもオーナーが一番で花邑さんは僅差で二番だったそうだ。

それが積み重なってコンプレックスになり、
オーナーに異常なほどの敵対心を持っている。

アタシを手に入れる事は花邑さんにとってオーナーに勝つことだ。

花邑さんに抑えられた手首は少しだけ痣になっていた。

それを見て花邑さんはかなり凹んだ。

「俺じゃジュンを幸せに出来ないな…」

外はいつの間にか雨が降っていた。

オーナーが雨に濡れなかったか心配になった。

「花邑さん、アタシが悪かったの。ごめんね。
もうあんなことしないから許して…。」

帰る場所はここしか無い。

それに花邑さんとやっていくって決めたんだ。
花邑さんを傷つけたくなかった。

「ごめん。もう絶対オーナーに逢いに行ったりしない。」

アタシは花邑さんの頬にキスをした。

花邑さんはアタシの手首の痣にキスをした。

そしてアタシたちは同じベッドで眠った。

いつもよりベッドが冷たく感じた。

アタシと花邑さんの間には見えない壁ができてしまった。

それでもさっきあった事はすべて水に流して
アタシは花邑さんの腕の中で眠るしかない。

その夜見た夢は
一人とり残されて歩いても歩いても出口が見つからない夢だった。

次の朝には痣は消えていた。

身体は少し痛かったけど
今は身体より気持ちが辛かった。

その日、アタシは花邑さんに言われて仕事を休んだ。

お昼に起きて海を散歩した。

散歩してると電話が鳴った。

オーナーからだった。

「もしもし…」

「ジュンか?近くにリュウはいるか?」

「ううん。」

「何があった?」

昨日花邑さんにされたことをオーナーに話して迎えに来て欲しかった。

だけど、そんなことは出来ない。

「ごめん。昨日酔っぱらっちゃって…
何か顔見たら話したくなっちゃって…」

「リュウはお前に何をしたんだ?」

「心配しないで。大丈夫だから。
昨日のは花邑さんがふざけたんだよ。
あんなときにテンション上がっちゃってオーナーの電話に出ちゃって…
ごめんね。」

「ジュン、辛かったらいつでも帰ってきていいんだぞ。」

「大丈夫だって。じゃあね。」

アタシは電話を切った後泣いた。

オーナーの声が優しくて…
バカな事をしたって悔やんだ。

もう元には戻れない。

海から上がると偶然にマスターに逢った。

「ジュン…」

アタシは合わせる顔が無くて逃げようとした。

マスターはアタシを捕まえてRed coralに連れて行った。

「何で店辞めたんだ?」

マスターには何も相談しなかった。
衝動的に勝手に決めて挨拶もしないで飛び出したから。

「リュウさんと付き合ってるってどうしてだよ?」

「もうアタシの事は放っておいて。」

「ジュン、ハルキさんのせいだろ?」

アタシは首を横に振った。

「お前はホントにバカだよな。」

「ごめんね。マスターにもケイタにも合わせる顔が無いの。」

マスターは温かいロイヤルミルクティーを入れてくれた。

美味しくて涙が出た。

「リュウさんと別れさせてやるよ。
だから帰ってこい。」

アタシはただ泣いていた。

オーナーを思う気持ちは何をしてもどうにもならない。

それが今になって初めてわかった。

「アタシはこんないい年して何やってるのかな?」

「だからハルキさんも俺もジュンを放っておけないんだよ。お前はいつまでも子供みたいだ。」

マスターはごつい大きな手でアタシの頭を撫でた。

「心配するな。」

その日、マスターは自分の部屋の鍵をアタシに渡した。

「部屋で待ってろ。
リュウさんと話つけて荷物持ってくるから。
帰ったらオーナーに一緒に謝りに行こう。」

「花邑さんにはアタシがアタシの言葉で話して来る。
そのくらい自分で出来る。」

マスターはマンションの下で待っててくれた。

アタシは花邑さんに話した。

「ごめんなさい。アタシたちは最初から間違ってた。

もう…終わりにしたい。」

花邑さんはしばらく黙ってた。

「そうだな。オレが少し強引過ぎた。
それに昨日あんなことして…
ジュンをかなり傷つけちゃったよな。

ホントに悪かった。」

「アタシこそごめんなさい。」

「ジュン、お前といた時間はホントに楽しかった。
ハルキに逢わなければもっと一緒に居られたのにな。」

「アタシも楽しかった。」

「ハルキを困らせるだけだったのに…
お互い傷を負ったな。

ジュン、素直に好きだって言ってみればいい。
ハルキも絶対お前が好きだから。」

花邑さんと居た時間は決して無駄ではなかった。

楽しかったし、幸せだと思えた時もたくさんあった。

あの事さえなければ…あの日、Starfishに行かなければ
アタシたちはこんなに悲しく別れなかった。

結局アタシの家出はたったの2ヶ月で幕を降ろした。






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