愛しすぎて、寂しくて
親友 カオル
アタシはマスターに連れられてオーナーの家に戻った。

当たり前だけどケイタは怒っててアタシと口もきかない。

オーナーは「お帰り」以外何も言わなかった。

「俺、ジュンとは働けないです。」

ケイタが言うのももっともだった。

「ジュンはRed coralに戻す。

代わりにヨウスケをStarfishに行かせるから。

ジュンとヨウスケで部屋も交換する。」

ヨウスケはアタシの後にRed coralに入った人だ。

結局、アタシはオーナーの家を出されることになった。

引っ越しは簡単に終わった。

生きてることがこんなに辛いと思ったのは初めてだった。

ママと二人だったときより
先生とアタシの噂がたったときより…。

今回は全部自分が撒いた種だからアタシはかなり落ち込んだ。

落ち込みすぎて眠れなくなって…
薬を飲んだ。

それでもまだ眠れなくてまた薬を飲んだ。

気がついたら病院のベッドにいた。

「ジュン、気がついたか?
オレがわかるか?」

目を開けるとマスターが心配そうな顔で見ていた。

こういうときいつも側に居てくれるのはマスターだった。

「アタシ…どうしてここに?」

「薬の過剰摂取だ。
まさか死のうとか思ったんじゃないよな?」

そんな意識はなかったけど…とにかく眠りたかった。

アタシはまた迷惑をかけた。

「ごめんね。心配ばっかかけて…」

「俺は店に行かなきゃならない。
側に付いててやれなくてごめんな。
もうすぐハルキさんが来るから。」

「オーナーに知らせたの?」

「ジュン、少しハルキさんと話した方がいい。」

マスターが出てって2時間位してオーナーがやって来た。

オーナーは顔色が悪かった。

「ジュン…大丈夫か?」

「ごめんなさい。」

「とにかくゆっくり休め。」

オーナーはいつもみたいにアタシの頬を軽く2回叩いた。

オーナーの顔を見てアタシは安心してそのまま眠ってしまった。

その間オーナーはずっとアタシの手を握っていてくれた。

目が覚めるとアタシのベッドに頭を乗せて眠っていた。

アタシはその寝顔を見ていた。

そしてオーナーの髪にキスをした。

「ごめんね。バカなヤツで。」
と謝ると

「ホントだな。バカ女。」

オーナーは目を覚ましていた。

「起きてたの?」

「今、起きた。」

オーナーは握ってた手を離した。

「あんまり心配させないでくれよ。」

アタシは次の日退院した。

そしていつもの日常に戻った。

結局オーナーとは何も話さなかった。

花邑さんの事があってアタシはオーナーに好きだとはとても言えなかった。

そして2年が過ぎて…アタシはあれから誰とも恋をしなかった。

ずっとオーナーだけを心の中で想っていた。

アタシはRed coralで昼の仕事に戻った。

「ジュン、お客さん来てるよ。」

カヨさんに言われてテラス席に行ってみた。
アタシに会いに来るお客さんなんて見当もつかなかった。

「ジュン!元気だったか?」

そこであったのは4年ぶりに現れたカオルだった。

「カオル…カオル~‼」

アタシとカオルは抱き合って喜んだ。
カオルはまた少し痩せた気がした。

「どこ行ってたの?
どうして帰ってきたの?
いつこっちに?」

「落ちついて話せよ。
ジュン、年取ったなぁ。」

「ひどーい!カオルもでしょ。」

久しぶりに心から笑った気がした。

「ホントに老けたな
まぁ、昔から老けてたけどな…」

「えー!アタシも色々あったんだよ。」

「へぇ、色々ねぇ。」

「カオルは?結婚は?」

アタシはカオルの病気の事が気になっていた。

「結婚なんてする余裕あると思うか?」

「じゃあ彼女は?」

「いや、そういうのとは無縁だった。
ジュンは?」

「アタシは結婚もして離婚もした。これは知ってたっけ?
でももう恋はずっとしてないの。」

カオルは少しビックリしていた。

「お前は随分変わったんだな。」

アタシはカオルに聞きたいことがいっぱいあった。

「今日、このあと暇?飲みに行こう!」

「おう、積もる話もあるからな。」

アタシの仕事が終わると二人で近所の居酒屋に行った。

「ジョウさんとはあれからどうなった?」

「結局アタシが心変わりして別れちゃった。」

「ジュンはジョウさんと一緒になると思ってた。」

「マスターは絶対ダメだってオーナーが…」

「ハルキさんとは時々連絡取ってたけど…ジュンの話は何か出来なくて…」

オーナーはアタシの知らないカオルを知っていた。
アタシがあんなにカオルを恋しがってたのに教えてくれなかったんだ。

「ジョウさんは環境が複雑だからな。」

「そうなの?」

「あの人の親が誰だか知ってるだろ?
あの組織は今でもゴタゴタしてる。
今はジョウさんの叔父さんが居るけど…

ジョウさんはいつかあっちの世界に巻き込まれるかもって噂だよ。」

マスターのお父さんはもうこの世に居ないのに…
まだ関わりがあるのか。

だからオーナーは反対してたのか。

「カオルは?何の仕事してるの?」

「知り合いの会社手伝ってるんだ。
とりあえず借金はだいぶ返せたよ。」

「危ない仕事じゃないよね?」

「レンタル彼氏よりはマトモだよ。」

カオルは仕事についてあまり語らなかったけど
とりあえず安心した。

夜もだいぶ更けてきた。

「カオル、どこに泊まるの?
行くとこ決まって無いならウチに来る?」

「いいのか?助かったー。頼もうか悩んでたんだ。」

カオルのことは誰より信用してる。
だから泊めることに何の躊躇いもなかった。

「病気は治った?」
と聞きたかったけど聞けなかった。

部屋に戻ってカオルと飲み直した。

「何でジュンはもう誰とも付き合わないの?」

「ホントに好きな人がいるから。
カオルは?どうして恋はしないの?
それどころじゃ無いから?」

カオルは自分の事についてあまりしゃべらなかった。

「ホントに好きな人ってハルキさんだろ?」

「何でわかるの?」

「あれだけの男が近くに居たらみんな惚れるよ。
俺も女だったらハルキさんみたいな人を好きになる。」

その後もカオルと色々話した。

結婚したこと、ケイタのこと…そして花邑さんのことがあって今は誰ともつき合えない話も全部した。

「そろそろ寝ようか。カオル、ソファでいい?」

「うん。」
 
「シャワー先に使って。」

カオルの後にシャワーを浴びてベッドに入ろうとした。

するとカオルに後ろから抱きしめられた。

「え?ちょっと待って。」

「ジュン…逢いたかった。」

「カオル…もしかして…」

カオルの病気は治ってるのかもしれない。
と一瞬思った。

「安心しろよ。出来ねーから。」

ホッとするより悲しくなった。

カオルの病気は4年経ってもそのままだった。

「カオル…まだ治ってなかったんだね。」

「残念?」

「うん。あ、そういう意味じゃなくて…」

「わかってるよ。」

カオルは寂しそうに笑う。

「彼氏居ないならキス位してもいいよな。」

そんな事を冗談ぽく言うからアタシはカオルにキスをした。

そしてカオルは何度もアタシにキスをして手を繋いで眠った。

「人と寝るっていいな。温かいんだな。」

その言葉がカオルの孤独を物語っていた。
アタシはまたカオルを放っておけなくなった。

カオルだけは特別だから。

「カオル…ずっと一緒に暮らそうか?」

アタシがそう言うとカオルは
「ありがとう。」とだけ言った。

次の朝、起きるとカオルは居なかった。

カオルがまたアタシから離れて行ったと思った。

マンションの外に部屋着のまま出てカオルを探した。

するとカオルが戻ってきた。

「ジュン、そんなカッコでどこ行くんだよ?」

「カオルが居なくなったと思って…」

カオルは嬉しそうに笑った。
そしてアタシの手を繋いで一緒にマンションに戻った。

「コンビニ行ってたんだ。
ジュンに朝御飯食べさせようと思って。」

アタシはこのままカオルと暮らす夢を見た。

カオルとならずっと一緒に居られる気がした。

とにかくカオルを独りにしたくなかったし
アタシも独りになりたくなかった。

それから暫くカオルはアタシの部屋にいた。

友達でもなく恋人でもなく家族みたいに過ごした。

お互いがお互いの存在を必要としていた。

二人で食べる御飯は美味しかったし
手を繋いで眠るベッドは温かくて
寂しいときはカオルに抱きしめてもらえればそれでよかった。

いつか別れが来ることを心のどこかで恐れながら…

「ジュン…オレ…また行かなきゃいけない。」

そしてその時はやって来た。
カオルはまた独りになろうとする。

「カオル…もうどこにもいかないで。
お願いだからアタシを独りにしないで。」

カオルは困った顔をしてたけどもう気持ちは決まっているようだった。
それでもアタシはどうしても引き留めたかった。

「…またきっと会いに来るから。」

「いやだよ。行かせたくない。」

「今度逢うときはジュンがハルキさんと幸せになってるといいな。」

「カオル、どうして一緒に居てくれないの?」

アタシは泣いてすがったけどカオルの決意は固かった。

「ジュン、お前の相手はオレなんかじゃないよ。
オレもお前も寂しかっただけなんだ。
今回は長く居すぎて離れるのがちょっと辛くなっただけだよ。」

次の朝、カオルの姿はなかった。
ずっと寝ないで見張ってたのに明け方ウトウトしてる間にカオルは居なくなっていた。

アタシはまた独りになった。
寂しくて立ち上がれないほど辛かった。

「ジュン、大丈夫か?」

会いに来たのはマスターだった。

「カオルからお前に渡してくれって。」

それは二人の写真だった。
一緒に居るときカオルは二人の写真をよく撮っていた。

写真の中の笑顔を見ると胸が痛くなってまた涙が溢れてきた。

カオルはそれきりまた音信不通になった。

泣いてるアタシを抱きしめてくれるのはマスターだけだ。

「結局いつも辛いとき側に居てくれるのはマスターだけだね。」

マスターは黙ってアタシの髪を撫でてくれた。

その時、アタシはまだ知らなかった。

永遠なんかこの世の無いってことを。
いつも居てくれる人もいつかは居なくなることを。

そしてその日はアタシにも近づいていた。














< 21 / 24 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop