愛しすぎて、寂しくて
マスター ジョウ vol.1
マスターはオーナーの3つ下の後輩らしい。

みんなマスターの事をジョウと呼ぶけどマスターのホントの名前は譲と書いてユズルと読む。

オーナーがジョウと呼んでいたから誰もがジョウだと思っている。

マスターの正体は大きな組織の長となった人の息子だった。

マスター母親は若いときにマスターの父親に襲われてマスターを身ごもった。

父親にはその時既に妻が居て、母親は誰にも言わずに遠い場所でひっそりとマスターを産んだが
マスターの存在はいつしか父親の耳に入り
マスターは中学に入る前に母親と離され父親の家に入った。

マスターには腹違いの妹がいた。
妹はマスターになついて可愛がっていたらしいが
継母は冷たい人でマスターを毛嫌いしていたそうだ。

マスターは地元では知らない人が居ないほど悪かったらしい。

それは今のマスターからは想像出来ないがキレたら止められないほど怖い人だったらしい。

そんなマスターは17の時にオーナーと知り合った。

オーナーには何度も救ってもらったらしいが
マスターは少年院を行ったり来たりして悪い仲間からなかなか抜け出そうとしなかった。

それもみんな父親への反抗心だった。

自分の生い立ちを聞かされたときからずっと心の底から父親を憎んでいたからだ。

父親とは何度も衝突して、マスターは18歳で家を捨てた。

好きな人が出来たが父親に反対されて引き離されそうになったからだ。

マスターが家を出た事はその彼女のせいになり、
彼女は父親に何度も別れるように言われたらしいがマスターと別れなかった。

しかしあるとき、知らない男たちに襲われて傷つき、マスターの前から居なくなってしまった。

数年後彼女が精神を病んで病院にいることを知ったが面会を求めたマスターに彼女が会うことは無かったそうだ。

その男たちが父親の差し金だとマスターは思っている。
真実は未だに不明で
マスターは結局父親が亡くなるまで絶縁状態だった。

彼女を失ったマスターはますます荒れていった。
マスターは暴力沙汰で何度か捕まって詳しくは知らないが前科があるらしい。

とにかくケンカが強くて有名だったそうだ。

今のマスターはそんな姿を想像できないほど人間が出来ている。

18でこの店に来たとき、アタシはすぐにマスターを好きになった。

もちろん相手にはされない。

この店はオーナーの方針で店内恋愛禁止だった。

店内で色恋沙汰をおこすと必ずどちらかが辞める事になる。

オーナーは
「お前らどっちも辞めさせたくないから」
と言っていた。

アイドル歌手じゃあるまいし恋愛禁止なんてどうかしてると思ったけどそれはそれで今はよくわかる。

本当に大切な相手とは恋愛しない方がいい。

家族みたいに親しくなってずっと側に居れば失うことなど無いのだから。

でも人はそんなに気持ちを簡単に抑えられない。

若い頃、アタシはマスターに何度も好きだと言った。

その度に子供扱いされて突き放されたけど
マスターはどんなことがあってもアタシの側に居てくれた。

マスターといれば怖いことなどなかった。

しかしアタシが大人になるに連れマスターとアタシの関係は少しずつ変わっていった。

マスターの父親はマスターが28の時に路上で刺されて亡くなっている。

マスターは葬儀にも出なかったが心の中は複雑だったに違いない。

マスターはその夜飲み過ぎてケンカになり、相手にケガをさせて警察から連絡をもらったオーナーが迎えに行った。

先に手を出したのは向こうでケガも大したことが無かったのでそんなに大事にならずに済んだ。

「いい年こいて何やってんだよ。

ジュン、ジョウからしばらく目を離すな。
何かあったらすぐ連絡しろよ。」

オーナーもアタシもマスターが心配だった。

アタシはマスターの側に居て
閉店後の店でマスターのお酒に付き合った。

「お前さ、俺が好きなんだよな?」

アタシが頷くとマスターはアタシの髪を撫でた。

「お前、大人になったよなぁ。
俺が気持ち抑えてんのわかってる?」

正直ドキドキした。
でも今のマスターは弱ってるからそんなこと言うんだろうなとわかっている。

「こんなときにそんなこと言うなんて最低だよ。」

「だよなぁ。
でもな、麻生さんには内緒だけど
時々ホントにジュンと寝てみたくなる。」

マスターは冗談みたいに笑って言ったから
アタシも笑って誤魔化した。

そうなるのはきっと時間の問題だろう。

少しだけ期待しつつ、少しだけ怯えながらアタシたちは何とか距離を保ってる。

それが崩れたとき、どうなるのか想像すると怖かった。

アタシはオーナーともマスターともそうならないように色んな男と恋をしたけど
いつかはその均衡も崩れる。

だってアタシたちはホントの兄妹でも家族でも無いのだから。



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