専務に仕事をさせるには
バスルームでは浴槽も広くふたりで入っても十分広いからと言ってご夫婦に一緒に浴槽に入って見てくれと言うがご夫婦は苦笑いをしている。
「これから先、互いに老いていきます。いくらバリアフリーになっていてもお風呂での危険は多いんです。老いてきた時こそお風呂はおふたりで入って頂きたいです」と鈴石さんは熱弁する。
ご夫婦もそうだねと言って浴槽にふたり並んで入った。
奥様は少し頬を赤く染めはにかんでいるようでとても可愛らしい。
年老いても一緒に、っか…
年老いた私の隣には誰が居るのだろう…
肩を寄せ合う大切な人が居てくれるのだろうか…
仲の良いご夫婦を見ていると何だか寂しくなって来ちゃった…
専務は今、何してるだろう?
今日は社長と一緒にあちらに泊まる予定になっている。
逢いたい…
肩を並べる相手では無いと分かっている…
でも… 無性に逢いたい…
専務…
窓の外へ目を向ければ雨が激しくなっていた。
その後も鈴石さんはまるで自分が設計し建てたかの様に部屋を説明し案内てくれた。
これから先、専務はもっとお付き合いが広がり、海外でのビジネスを経験した専務ならビジネス関係の人も呼んでホームパーティをすることも有るだろう。
ここなら人が沢山集まっても十分パーティは出来る。
「あなたここほんと素敵ね? ここならお友達を呼んでパーティも出来るし、お部屋も沢山有るから泊まって頂けるわ? 孫達もレインボーブリッジが見えるから喜ぶわね?」
「そうだね? ここに決めるかい?」
微笑み合って相談されるご夫婦。
素敵なご夫婦だなぁ
そんなご夫婦の会話に割って入ったのはあの営業マンだった。
「有難うございます。 しかし、ここは少しお値段が高額になりますので、もう少し下の方の階にされた方が宜しいと思います。先程の5階の2LDKのお部屋も広いですので十分かと?」
今まで優しい顔をしていたご主人が顔色を変えた。
だが営業マンはそれに気づかずにもう一度先程の部屋を見ないかと言っている。
「私達はこのペントハウスを買うだけのお金は持って居るようには見えないかね?」
「あっいえ… ただもう隠居生活だと仰っていたのもですから…」
「君はまだ分からないのかね? 彼女や彼の言った人を見かけで判断してはいけないということを!?」
「え?… ぃや、す、すいません… しかし…」
営業マンは慌てて謝るがご主人は険しい顔のままだった。
焦る営業マンの額に流れる汗は尋常のものでは無くなっている。
彼はズボンのポケットから出したハンカチで汗を拭いひたすら頭を下げる。
このマンションを買おうと言っているお客様を怒らせてしまったのだから焦るのは無理も無い。
「私は隠居はしているが、収入が無いとは言っていない! 貯えもそれなりに有るし、今住んでる青山の自宅を処分すればここを即金で払う事は出来るんだよ」
「し、失礼しました。 では、直ぐにご契約のお手続きをさせて頂きます」