憚りながら天使Lovers
伝説のコトリバコ

 部屋に来たがるルタをやんわり拳で納得させると帰宅の途につく。フレンドリーになった姉に挨拶を済ますと自室に足を向ける。その室内にオカルトグッズは一切なく、女子大生らしく可愛い小物やぬいぐるみで埋めつくされていた。
 ベッドに大の字で伸びると携帯電話の着信ライトに気がつき、ディスプレイを確認する。着信は全てメールで、一人は恵留奈、一人は明、最後の一人が渚と表示されていた。
(渚って、あのときの子だ。あんまりいい予感しない……)
 渚は玲奈が暗黒時代にオカルトオフ会で知り合った女子中学生で、当時からとてもダークな存在で周りからも少し引き気味で扱われていた。
「今だと高校生か。何の用だろう。個人的にはもう黒い付き合いには参加したくないんだけどな」
 気乗らない面持ちでメールを開くと、予想以上の内容が書かれてありドン引きする。タイトルが、『伝説のコトリバコ手に入れました!』
 内容はさらにおどろおどろしいモノで、その箱を使いクラスメイトの嫌いな女子に、あんなことやこんなことをし、結果学校を辞めさせてやったと長文で嬉々として書いてある。
「当時も黒かったけど、今の方が断然真っ黒だわ。これはヤバイ、関わるととんでもないことになる」
 メールの返信を断念し、一つ上の明のメールを開く。
「きっと千尋さんのことに対する釈明なんでしょ」
 ある程度当たりをつけて内容を見ると、短文で一言『今度いつ練習する?』のみ。
「これは私が釈明する価値もない女ってことね。返信する気失せたわ。次」
 最後に恵留奈からのメールを開く。内容は、
『最近玲奈があんまり構ってくれなくてつまらん。そんな訳で知り合いのツテで面白い物を見れそうだから、明日二人でそれを見に行こう。それが何かは行ってのお楽しみ。これは確定イベントなんで断ることは許さん!』
「あらら、寂しさのあまり恵留奈が駄々こねてる。相変わらず可愛い人。明君とはちょっと会いたくないし、ちょうどいいか」
 玲奈は楽しみにしながらOKの返信を送った――――


――翌日、恵留奈の知り合いという女の子を見て玲奈は驚愕する。真っ黒なゴシックロリータファッションで身を包んだその女の子は、間違いなく渚だった。
(この子が知り合い? じゃあ、面白い物ってもしかして……)
「お久しぶりです、玲奈様。メル返せず直接来てびっくりさせるなんて人が悪いですよ」
 玲奈に会えた嬉しさからか、はたまた嫌味からか渚はニコッとする。
「渚が玲奈と知り合いなんて聞いてないぞ! どういう関係だ」
 のけ者扱いされていると感じたのか、恵留奈は文句を言い始める。
(まずい、暗黒時代のことは恵留奈に知られたくない)
 察してくれるかどうかは賭けだが、真剣な表情で渚を見つめる。その雰囲気と今のファッションセンスで察したのか、渚は軽妙な語り口で恵留奈に向き合う。
「私と玲奈様は昔ゴスロリファッションのオフ会で幾度か会ったんです。こう見えて玲奈様は人気あったんですよ」
(思いのほかナイス嘘つきさん!)
 渚の淡々と語るもっともらしい嘘を恵留奈も信じている。
「恵留奈の方こそ渚ちゃんとはどんな関係?」
「ああ、渚は姪っ子だよ。コイツ昔から変な骨董品集めるのが趣味でさ、最近面白い物手に入れたからって連絡あったんだよ」
(天使の姪っ子が悪魔のような渚ちゃんか、笑えない……)
 恵留奈の運転で渚の自宅に向かうさなか、当の渚からメールが届きその内容を見て腹黒さを再確認する。短文で、『一つ貸しですから忘れないで下さいね。オカルト大好きな玲奈様』
 後部座席に座る渚が怖くて、到着するまで終始愛想笑いと話の相槌で乗り切る。

 純和風の自宅に到着すると、自宅には向かわず裏側にある蔵へ向かう。蔵も昔ながらの造りをしており、鍵も南京錠ではなく、時代劇等で見られる船形錠がかけられていた。
 馴れた手つきで錠を外すと渚は二人を中に招き入れる。恵留奈の話から察して、甲冑や刀剣などの骨董品が納められているかとイメージしていたが、中は今風の女子高生が好む雰囲気となっていた。蔵のイメージにも真っ黒な渚のイメージにも合わず、玲奈は拍子抜けする。
「恵留奈姉様に玲奈様、ようこそ渚の世界へ」
 いつの間にか装着していた黒いマントをひけらかせ、慇懃に挨拶をする。
(非常に嫌な予感しかしない。いざってときの為に呼吸法で光集束の準備しとこう)
 自然と腹式呼吸に切り替え、身体の中心に光をイメージしながら渚の話を聞く。
「今日お見せするのはこちら! コトリバコで~す」
(やっぱりそれか!)
 黒い布に包まれた箱を見る限りでは、それが本物かどうかの判断がつかない。何より本物だった場合、最大でここいる三人とも死んでしまう。天使である恵留奈が辛うじて助かるかどうかと言ったところだろう。
「渚ちゃん。コトリバコって、あの有名なコトリバコ?」
「そうよ。怖い話とかでも一番有名なヤツ」
 一人のけ者の恵留奈が割り込んでくる。
「私、知らないんだけど? コトリバコって何?」
(私がオブラートに包んで説明したいところだけど、オカルト趣味がバレてしまう。かと言って渚に話させると絶対グロ描写ぶっこんで来る。どうするべきか……)
 玲奈の葛藤を察知したように渚が語り始める。
「呪いの箱だよ。女性と子供を対象にした呪物。子供の命を取るから、子取り箱。中には……」
「ちょっと!」
 グロ描写を語ろうとする渚を止める。
「危ないから。箱はしまおう。何かあってからでは遅いでしょ?」
 話に割り込まれた揚句、箱の開帳まで否定され渚はあからさまに不機嫌な顔をする。
「玲奈様、本当に変わりましたね。いいんですか? 正体ばらしても?」
「恵留奈を危険にさらしてしまうくらいなら構わない。とにかく箱はしまって」
 玲奈と渚の間に流れる不穏な空気を感じ取り、恵留奈が話し掛けてくる。
「さっきから何言ってんのか分からないんだけど、正体ってなに?」
 無邪気な表情で聞いてくる恵留奈の顔を見て、玲奈は覚悟を決めて過去を暴露する。
「恵留奈、黙っててごめん。私、今はこんなふうに普通にしてるけど、昔は渚ちゃんと変わらないくらいオカルトマニアだったの。人間嫌いで友達もいなかった。だからこんなにも仲良くしてくれた恵留奈には、感謝してもしきれないくらいなんだ」
 黙って聞いている渚に向かって切り出す。
「だからコトリバコという恵留奈の命に関わるような危険から、私は全力で守らなきゃいけない。その為なら過去の暴露もいとわないし、それで嫌われたってかまわない! 恵留奈は私の親友だから!」
 きっぱり言い切る玲奈を見て渚は気味悪い笑顔になる。
「玲奈様が変わり過ぎてて良かった」
 予想外の返答に玲奈は戸惑う。
「だって、容赦なく殺せるもの」
(コイツ、ヤバイ!)
 渚の台詞に背筋がゾッとする間もなく、箱に被せてあった布が取り除かれ、目の前が白い煙りに包まれた。

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