憚りながら天使Lovers
橘千尋

 明との稽古が終わるとルタを放置し、二人で昼食を取りにマックへ行く。神社を離れる前に目力だけで、着いて来たら殺すオーラを出し、それに気付いたルタは大人しく境内に座っていた。
「光集束ってなかなか出来ないね。結局今日も呼吸法してただけだし」
「そりゃ簡単出来たらみんなデビルバスターになってるって。家系で素質があると言われた僕だって、光集束には何年もかかったんだから」
「うわぁ……、聞きたくなかった情報だわ。私何年かかるんだろ」
 夏季限定のバナナシェイクを飲みながら遠い目になる。店内から見る外の景色は真夏の様相を呈しており、道路の低い位置にはモヤが見て取れる。夏休みということもあり、親子連れが多い中、カップルもちらほら見られる。
(傍目から見たら私達もカップルに見えるのかしら)
 うわめづかいで明を見ていると、視線が合う。
(うっ、ちょっと照れくさいけど、しばらく見つめてみよう。明君の反応で何か分かるかもしれないし)
しばらく見つめていると明が口を開く。
「八神さん」
「は、はい」
「今日の途中から気になってたんだけど……」
(な、何?)
「僕のこと明君って呼んでるよね」
(しまった、確かに! いつも心の中だけで呼んでたのに、アイツのせいでペース乱されたんだ)
「すいません。馴れ馴れしかったですか?」
「いや、どちらかと言うと、嬉しい」
 照れながら視線を反らしているところを見て、玲奈は嬉しくなる。
(これってもしかして、両想いフラグ立ってる?)
 予想外の展開で玲奈の胸の鼓動は否応なしに早くなる。互いが長い沈黙を守った後、明の方から口を開く。
「僕も八神さんのこと、下の名前で呼んでいいかな?」
(夏だけど、今、春が来たと実感しちゃう……)
「もちろんです」
「ありがとう」
 爽やかな表情で返され、玲奈の体温はさらに急上昇する。
(恋愛スキルのない私にはヤバイ笑顔だ。まともに顔みれない!)
 バナナシェイクを飲んで体温を下げようとするも、焼け石に水でいっこうに体温は下がらない。うつむいて黙り込んでいると、突如玲奈の背後から声が掛かる。
「こんにちは、明さん」
(えっ?)
 恵留奈に近いくらいのハスキーボイスに驚いて振り向くと、そこには真夏だというのに和服できっちりと着付けた日本美人が立っている。年の頃は二十四、五と言ったところだろう。
(誰、この美人)
 明を見るとあからさまに嫌そうな顔をしている。
「こちらの可愛いお嬢様はどちらさま?」
 明に対して笑顔で語りかけてはいるが、目は笑っておらず怖い。
「同級生」
(間違った説明ではないけど、距離感ありすぎて少し寂しい気持ちになっちゃうわ……)
 ほてった体温が下がるのを感じながら、冷静に二人のやり取りを観察する。和服美人の方は明の回答に納得していない様子で、じっと見つめている。その迫力に何も言えずに見ていると、突然玲奈を向き笑顔を見せる。笑顔でありながらやはり目は笑っていない。
「自己紹介遅れてごめんなさいね。私、明の許婚の橘千尋と申します」
(敵意剥き出し笑顔の理由が分かりました)
「はじめまして、八神玲奈です」
 背筋に冷たいモノを感じながらも玲奈はしっかり返事をする。
「誰が許婚だ。勝手に決めつけるなよ千尋」
 明は少し怒っているようで不機嫌な態度を取る。しかし、千尋の方はその怒りを遥かに凌駕しているようで、さらに目つきが鋭くなる。
「忘れたとは言わせませんよ。学生の頃、面と向かって結婚しようって明さんからおっしゃいましたよね?」
「いや、まあ言ったけどあれはその……」
「幼稚園児の約束じゃあるまいし、まさか何の釈明もせず婚約を破棄したりは致しませんわよね?」
「だから、あのときは……」
 しどろもどろになる明を見て、玲奈はいたたまれなくなる。
(初めての恋愛がスタートしたと思ったら、いきなり修羅場ってナニコレ?)
「あの、私お邪魔みたいなんで席外しますね。千尋さんから、いろいろお話があるみたいだし。さよなら」
 玲奈はスッと席を立つと、明からの返答もそぞろに店を後にする。太陽の一番高い時間帯ということもあり、外の暑さは想像以上のものがある。
(許婚いるなら可愛い彼女をゲットとか必要ないじゃない! しかも、私よかずっと大人で美人だし。私なんて寸胴胸ペッタンだし。ちょっといいかな? なんて思った私がバカだった!)
 自分自身に怒りながら歩いていると、いつの間にかルタのいる神社の前に足を運んでいる。
(ちょっと癪だけど、アイツに愚痴をかねて八つ当たりしよ)
 階段を昇ると境内のふちで足をぶらぶらさせながら、ルタが暇そうに空を眺めている。
(天使って案外暇なのかしら)
 視線に気付いたようで、ルタが飛んでやってくる。
(空飛べるのって便利そう~)
 ありきたりな感想を思い浮かべていると、ルタが話し掛けてくる。
「おかえり。デートはどうだった?」
 デートという単語を聞き、先の怒りが再燃する。顔付きの変わる玲奈を見てルタはビクッとなる。
「いや、冗談冗談。明君は討魔の師匠だもんね」
「そうよ」
(きっとそれ以上でもそれ以下にもならない)
「それに明君には許婚もいるしね」
「許婚か。卑猥な言葉だね」
「オマエが言うとなんでも卑猥に聞こえるよ、このエロ天使」
「いやいや、どういたしまして」
 照れる姿を玲奈は呆れた顔で見る。境内の縁に並んで座ると、ずっと気になっていたことを聞く。
「初めて会ったときから三ヶ月くらい経つけど、傷って完治した?」
「傷? ああ、さすがに完全回復だよ。何人か食べたし……、ハッ!」
 言ったそばから、玲奈の顔が一瞬、不動明王に見えて口ごもる。
「神社デ大人シクシテタカラ、治リマシタ」
「ほぅ、それはそれは良かったことで。で、なんで冷や汗かきながらカタコトなんだ? ん?」
「いやぁ~、今日はちょっとひんやりするよね? 夏風邪ひいたかな?」
(このエロ天使がぬけぬけと……)
「アンタさ、チャラ眼鏡も真っ青なくらい下半身緩いよね? ホントに天使?」
 呆れた様子で語る玲奈にルタは真剣に答える。
「正真正銘、本物の天使だよ! なんなら服も全部脱ぐから、身体の隅々まで一緒に確かめない? ベッドの中で」
「それは、遺言?」
 玲奈は首を傾げて可愛く笑顔で聞くが、背後に出ている殺気を感じ取りルタは空中に緊急避難する。
「ホント、ある意味関心するくらいのナンパ天使ね。悪魔でもそこまでチャラいの居ないと思うわ」
 溜め息混じりで語ると、ルタは再び玲奈の隣に座る。
「冗談はいいから、ホントに傷は完治してるんでしょうね?」
「うん、本当に完治してる」
「それならいいわ」
「もしかして、心配してくれてた?」
「まあね。一応家族を救ってくれた恩人だし、前の別れ際にヒドイこと言っちゃったし」
 玲奈は申し訳なさそうに言う。
「だから、その、あの時はごめん。で、ありがとう」
 しおらしい姿にルタは笑顔になる。
「玲奈、お礼なんて……」
「ちょっと待て、下ネタ言ったら殴るぞ? 身体でお礼してとか、処女くれとか言いそうな雰囲気だったからな」
「玲奈ってエスパーだね」
「オマエの脳内回路はエロしかないから読みやすいわ」
「じゃあ、少しの時間でいいからさ、手、握っててくれないかな? 玲奈の心流貰いたいんだけど」
「ルタ……」
(コイツ、急にしおらしく可愛くなるからな。こういうところ反則だよな~)
 少しためらい気味に左手を差し延べると、ルタはスッと右手で握りしめる。初めて握ったときと同じで、柔らかく温かい手をしている。恵留奈のときと同じように、ルタの全身は金色の膜が現れ光り輝いている。
(何が完全回復よ。この光り方、全然回復してないんじゃない。ホント、バカなんだから……)
 玲奈は右手を握ったまま穏やかな表情で目を閉じる。真夏の太陽に負けない輝きと温かさを感じながら。

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