憚りながら天使Lovers
悪夢

 リムジンを降り樹海深くまで歩くと、目的地の洞窟が見えてくる。樹海でコンパスが使えないという話は有名だが、魔域の影響を受けている可能性が高いと玲奈は踏む。入り口の前に立つと、葛城が作戦の再確認をする。
「基本はリムジンで話した通りだ。危なくなったら玲奈様だけは逃がす。二人とも準備はいいな?」
 不安はあるものの葛城の指揮の元、玲奈は一番後ろを歩く。全員が光集束を扱えるということで、洞窟内は昼間の室内以上に明るい。
 しばらく曲がりくねった細道を下って行くと、広まった場所が見えてくる。真ん中には召喚の儀式が行われている機械が見て取れ、その周囲にはかなりの数の悪魔がいる。
「ターゲットはあれだな」
 葛城はバッグからお手製の討魔爆弾を取り出すと、合図も同意もなくいきなり投げ付ける。大きな爆発とともに機械が壊れ、突然襲われた悪魔たちは右往左往している。そこへ葛城と千尋は突っ込んで行き、光集束の技で蹴散らしていく。
(やっぱり二人とも圧倒的に強い! これなら案外楽勝かも)
 二人に負けじと玲奈も千尋から借りた刀で群れに切り込んでいく。ほとんどの悪魔が倒されると、奥の方から見覚えのある悪魔が現れる。
(あれはベルフェゴールとオセ! 転生復活したんだ。ヤバイ)
「二人とも気をつけて!オセは光集束を封じてくるから!」
 玲奈の忠告が聞こえていないのか、ベルフェゴールに向かって行く千尋がオセの粘液に捕まる。
「千尋ちゃん!」
 光集束が封じられた次の瞬間、ベルフェゴールの斧が千尋の身体を斜めに切り裂く。そして、斬られた反動で飛ばされた獅子王が玲奈の元に転がり落ちる。
(千尋ちゃんが殺された。そんなバカな……)
 ショックのあまり立ち尽くす玲奈を見て、葛城が駆け寄ってくる。
「千尋は死んだ。玲奈様だけでも逃げてくれ。時間稼ぎくらいは俺が引き受ける。ここは撤退だ!」
 葛城の指示を何とか聞き取った玲奈は、形見とばかりに獅子王を拾い上げ、来た道を全力で走る。
(千尋ちゃん! 千尋ちゃん! 嫌だ嫌だ! 死んだなんて考えたくない)
 泣きながら走り続け洞窟の外に出る。しかし、目に映るのは入り口を囲む無数の悪魔。完全に取り囲まれ玲奈は身動きが取れない。背後から迫る音で振り向くと、葛城の斬った首を持ったオセが現れる。
(そんな、あの葛城さんまで……)
 迫り来る恐怖に玲奈の心臓は破裂しそうなくらい激しく脈を打つ。
(凌辱され殺されるくらいなら、潔く自害するべきか、それとも最後まで戦い抜くべきか)
 空まで埋め尽くす悪魔の数を見て、玲奈は膝を折り脱力する。
(ダメだ、諦めるしかない……)
 獅子王の刃を自分自身の首元に当てると、玲奈は覚悟を決める。
(ごめん、ルタ……)
 次の瞬間、目の前のベルフェゴールとオセが一刀両断され、それと同時に周りにいた悪魔の全てが弾け跳ぶ。
(えっ!? なんで!)
「起きろ!」
 頬を刺す痛みと声で玲奈は目が覚める。目の前には、剣を構えたレトが玲奈に馬乗りになっている。
(えっ、もしかして夢?)
「目、覚めたかよ」
「あれ、ここ、私のベッド。だよね……」
「そうだ。魔域でも樹海でもねぇよ」
「どういうこと?」
「ナイトメアって悪魔、知ってるか?」
(ナイトメア、悪夢を見させる悪魔だ。なんて恐ろしい夢だ……)
「知ってるなら話は早い。そういうわけだ。ナイトメアを切ったから悪夢も覚めたんだ」
「そう、なんだ。ありがとう、レト」
「自分の仕事を熟したまでだ」
 そう言うとレトは再び部屋の外に出て行く。起き上がり、汗びっしょりのパジャマを肌に感じ、シャワー行きを決める。部屋を出ると当然のごとくレトが座っているが、相変わらず目を合わそうとしない。
(もしかして、照れてるだけ?)
 レトの前に来ると玲奈はしゃがんで目線を同じ高さにする。
「本当にありがとう。レト」
 手を握り頭を下げる玲奈を見て、レトは少し顔を赤らめるが無言を貫く。
「じゃあね」
 態度は悪いが有言実行してくれたレトに感謝しつつ、玲奈は気持ち良いシャワーを浴びた――――


――翌日、学内のいつものテラスで、いつもの二人と話す。恵留奈との付き合い始まってから、千尋は昼食時わざわざ大学まで足を運び、必ず一緒に取るようにしていた。
 職業がデビルバスターということで、学生以上に時間が有り余っているのもあるが、何より大好きな恵留奈の傍に居たいのだろう。辺りを見回すが、夢のときのようにレトの監視はない。
「どうした玲奈? 天使的なストーカーでも居たか?」
(昨日の橘邸でのことを指してるのね)
「ううん、居ないみたい」
「つ~か、ウザくない? 押し駆け守護天使って。ストーカーと変わんないし」
「最初はそう思ったんだけどね」
「最初は?」
「うん、実は昨日ね……」
 ナイトメアと悪夢の内容を語り、玲奈はレトに助けられたことを話す。
「冷静に考えると千尋ちゃんと葛城さんが並んで待ってた時点で、おかしかったんだけどね」
「そりゃそうだ。千尋は葛城嫌いだし、葛城も玲奈以外に心開いてない。でも嫌な夢だったな。聞いててゾッとするわ」
「うん、千尋ちゃんが目の前で……ってシーンは今でもショックだもん。だからかな、なおさら今日は生きている千尋ちゃんを愛おしく感じちゃう」
 思いがけない玲奈の告白に千尋は顔を赤らめる。
「おい玲奈、私のチーちゃんを取るなよ?」
「えっ! 恵留奈、千尋ちゃんのこと、チーちゃんって呼んでるの?」
「あっ、しまった! 焦ってつい癖が……」
 千尋は二人のやりとりに耳まで真っ赤にし下を向いてしまう。いつまで経っても純粋な反応を見せる千尋の姿に、生きててくれて本当に良かったと玲奈は実感する。
 二人との楽しい昼食を済ますと、真面目に講義を受け、帰りに参考書を買いに本屋へ立ち寄る。その週刊誌コーナーには見掛けたライダースーツの葛城がおり、千尋のときのような気持ちになり嬉しくなる。
 声を掛けナイトメアの件を話すと笑われたが、自分を心配してくれたことに感謝もされた。護衛の意味を兼ねて、葛城のバイクで自宅まで送ってもらうと、ちょうどそのシーンを愛里に見られてしまい一悶着起こる。いくら彼氏ではないと説明しても、ニヤニヤされるだけで結局黒扱いされてしまった。溜め息吐きながら自室のベッドに座ると、ずっと気になっていたことがありつぶやく。
「レト」
 つぶやいてから三秒もしないうちに、レトは目の前に舞い降りる。
「何だ?」
「今日、私が家族以外の誰とたくさん話したか分かる?」
「何だその質問は? 確か、デビルバスター千尋、エレーナ、デビルバスター葛城、だけだろ? 下等生物過ぎて頭もボケたか?」
(やっぱりずっと居てくれたんだ。プライバシー守ってくれてる)
「うん、ごめん。ちょっと頭がおかしいのかも。昨日ナイトメアにやられそうになった影響かも」
「体調悪いのか? 大丈夫か?」
 心配するレトの表情に玲奈は嬉しくなる。
(やっぱりルタと兄弟なんだな。優しいわ、こいつら……)
 体調不良と言いながらニコニコする玲奈を見て、レトは意味が分からないと言った感じで首をかしげていた――――


――翌日、大学が休みということもあり玲奈はある計画を考える。昼食を終え、自室を出るとレトに挨拶をし外に出る。しばらく歩くとルタが住み着いていた神社に到着し、お参りを済ますとレトを呼ぶ。
「何だ? 用件があるならさっき言っとけよ」
「ごめんね、ここで話したかったから」
「神社か。何か意味あるのか?」
「うん、ちょっとね。とりあえず横に座って話さない? あっ、嫌なら横に立ってて貰ってもいいし」
 玲奈の言葉を聞き、レトは黙って隣に座る。その様子を見て笑顔で話し始める。
「ここね、ルタと初めて会った場所なんだ。悪魔にやられて動けないところを、たまたま私が見つけたの」
「聞いてる。アンタのことは耳にタコができるくらいにな」
「そうなんだ。えっ、どんなふうに聞いてるの?」
「胸が小さくてスタイルは良くないけど、キスが大好きなベロチュー女って聞いた」
(あのヤロー、傍に居なくても相変わらず殺意を沸かせるの得意だな!)
「そんな前情報があったから、あのときキスを迫ろうとしたんだね」
「ん? 俺はアンタに迫ったことはないが?」
(あっ、あれナイトメアの悪夢の中だった。そう言えば夢の中のレトって確か……)
「ごめん、私の勘違い。因みになんだけど、レトの人間嫌いって過去に人間界で何かあってのこと?」
「いや、人間界に来たのは今回が初めてだ。好き嫌いではなく、純粋に俺の持つ種族観と言った方が分かり易いだろう」
(つまり、あの悪夢の中での話は私の価値観とか願望が反映されてた訳か。じゃあ、レトとのキスも……ってあり得ん! あり得ん!)
 首を振る玲奈にレトは訝しがりながら見つめる。
「と、とにかく、ルタが事前情報として私のことを色々言ってたみたいだけど、その情報全部ガセだから、信じないでね」
「胸が小さくてスタイルが良くないのは当たってないか?」
「もう一度言う勇気ある?」
 光集束の握りこぶしと殺意を感じて、レトはビクッとする。
「いや、止めとくよ」
「そう。他に変な情報吹き込まれてない?」
「変な情報、か。変かどうかは判断できんが、心流が綺麗だとか傍にいるとホッとするとか言ってたな」
(何よ。ちゃんとしたことも言ってるんじゃない)
「後、すぐキレて殴るって言うのも……、あっ、これについてはさっき実感しそうになったな」
(あんたらがキレさせてんだよ! 凸凹天使ブラザーズ!)
「でも、一番うるさく言ってたのは、早く会いたいってことだな」
(ルタ、やっぱり私と同じ気持ち……)
「処女欲しいってのも」
(じゃねえ、前言撤回だよエロ天使!)
「あのさ、ルタってレトから見たらどんな兄なの? やっぱり頼りないとかバカだなとか思う?」
「なんだそりゃ? ルタは尊敬する兄だ。バカにするな」
(えっ!? イメージ違う!)
「なんか、天界でのルタと地上でのルタって、全然違うみたいね」
「そうなのか?」
「うん、実は初めて会ったときからなんだけど……」
 玲奈はルタとの思い出を、出会った最初から事細かく説明する。あまりの落差に最初は半信半疑で聞いていたレトだが、節々でルタらしさが垣間見えたのか頷いたり笑ったりする。
 レトの話もよくよく聞くと無表情や素っ気ない態度は、あまり玲奈と仲良くするとルタにボコボコにされると言われてのことらしい。
「ルタってわりと器の小さい男ね。弟に守らせといて、仲良くするなとか独占欲丸出しだし」
「兄に逆らえないのは世の弟の宿命みたいなもんさ。それに、ルタには小さい頃、面倒見てもらったしな」
「優しいのね、レト」
「そうでもない。それに、ルタがご執心になってる女をこの目で直接見たかったってのもある」
「実際に見てみてどうだった?」
「言って殴らない?」
「殴られるような感想なのね。じゃあ、もういいよ」
 ふて腐れる玲奈の横顔を見てレトは笑顔になる。
「正直、どこがいいのか分からないけど、ルタが言ってた隣に居てホッとするって意味だけは、分かった気がする」
「あっそ……」
 笑顔のレトを見て少し嬉しくなる。
「それにしても、ルタのヤツ。いつこっちに来れるんだろ。レト、予定とか聞いてない?」
「昇級は努力と才能だから、なんとも言えないな。才能のあるヤツなら一日で昇級出来るだろうし、ダメなヤツは百年掛かってもダメだろう」
「弟から見て、ルタって才能ある?」
「あるね。少なくとも俺よりはある」
「じゃあ、早く帰ってくるよね? 一日でも、早く!早く……」
 ルタを想うあまり、玲奈は気が焦ってしまう。
「帰ってくるよ。ルタは約束を破ったことはない」
 気持ちを察したレトの優しい言葉に玲奈は笑顔になる。青空だった空の色は、いつの間にか夕日に照らされ赤く染まっていた。
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