憚りながら天使Lovers
バレンタインアタック

 バレンタイン前日。玲奈と千尋は手作りチョコにチャレンジすべく、その材料の購入に足を運んでいた。百貨店の専用コーナーには同士とも言える女子がたむろしており、玲奈も気合が入る。
「千尋ちゃんが手作りチョコ初とは意外ね。明君とかに猛アタックしてるかと思ってたし」
 チョコを吟味していた千尋は苦笑いで切り返す。
「こう見えて奥手なんです。なので今までは渡す人は居ませんでした」
「今年は恵留奈いるから頑張らないとね」
「はい、人生初のバレンタインアタックです」
「っていうか普通、恵留奈が渡す側なんだけどね。今年のバレンタインも、ファンからたくさんチョコを渡されるって悩んでたわ」
 そのシーンが容易に想像でき千尋は含み笑いしながらチョコを選んでいる。玲奈もわりと真剣に外装等をチェックしており千尋は疑問を感じる。
「玲奈さんは本命ルタ君だからあげる人いませんよね? なぜ手作りチョコを?」
「レトにね。一応毎日傍にいてガードしてもらってるし、義理よ義理」
「義理、ですか」
 楽しそうな横顔に千尋は違和感を覚えるが敢えて見守る。購入し終えた後は橘邸のキッチンを借り、手作りチョコ作成に取り掛かる。キッチンとは言ってもそこは豪邸らしく、誰がどう見ても有名ホテルの調理場の様相を呈しており若干引いていまう。
 キッチンの隅で二人並んで調理すること一時間。一番神経を使う型入れの瞬間、二人の天使が突然壁より現れる。
(びっくりした! 危うく零すところだった。というかこれって……)
「千尋様、討魔依頼申し上げます」
 二人はひざまずいて依頼を申し出る。
(やっぱり討魔依頼か)
「タイミング悪いですね。しかし、そうも言ってられませんでしょうし。どのような依頼でしょうか?」
 可愛いウサギのエプロンを外しながら千尋は問い掛ける。
「サバト組織の壊滅をお願いします。悪魔のみならず人間も多数絡んでおりますゆえ、今回の依頼の運びとなりました」
(サバト、悪魔召喚とエロ儀式のあれか……)
 オカルトマニアの間では有名な儀式ということもあり、玲奈は名前を聞いただけで内容を察する。
「承りました。すぐに支度致しますので、庭にてお待ち下さい」
 玲奈も鍋を置きエプロンを外す。
「私も参戦していい?」
「もちろんです。光集束をマスターした玲奈さんは貴重な戦力ですよ」
「ありがとう」
「では支度をしますので、ご一緒に部屋へ」
 いつもお茶をする部屋に通されると、引き出しから二振りの日本刀を取り出してくる。
「その長いのは千尋ちゃん愛用の獅子王だよね?」
「はい、そしてこちらは蛍丸という刀です」
「まさかこちらも指定重要文化財とか言わないよね?」
「えっ、そうですけど?」
(橘邸は一体どうなってるんだ……)
 邸宅内に飾られている品々が貴重で高級なのは何となく理解していたが、国宝やら指定文化財が引き出しからポンポン出てくると流石に一般庶民との格差を感じる。
「玲奈さんの実力でしたら、蛍丸を扱うに十分な資格を有しております。私との稽古で剣術の腕前も上達しておりますし」
「いやいやいや、怖くて触れない! もし壊しなんかしたら目も当てられないし」
「その点でしたら大丈夫ですよ。獅子王も蛍丸も簡単に刃こぼれするようなやわな刀ではありません。伊達に名刀を名乗っていませんよ。さ、早く携えて参りましょう。チョコを作る時間がなくなりますよ?」
(こんなときまでチョコ作りを忘れないとは、凄い余裕だな)
 しぶしぶ刀に手を伸ばした瞬間、目の前にいきなりレトが現れる。日々の光景なので玲奈は慣れているが、千尋は反射的に抜刀しそうになっていた。
「討魔なら当然ながら力を貸す」
「ありがとう。千尋ちゃん、レトの参戦もいいでしょ?」
「もちろんです」
 千尋は依頼してきた天使に、玲奈はレトの背中に乗って当該戦場に赴く。身体にしがみつき、初めて感じるレトの体温に玲奈は少しドキドキしていた――――


――一時間後、片田舎にそびえ立つ場違いな巨大建築物を前にして、玲奈は嫌気がさす。事前に待機している天使の部隊は百は下らない。
「何となく予想してたけど、ココって明らかに怪しげ宗教団体だよね?」
「はい。悪い空気がヒシヒシと感じられます」
「作戦はどうするの?」
「十中八九、悪魔はバフォメット。レベル的にたいしたことはありません。問題は下級悪魔と一般人の見分け、それと当該一般人の扱い。悪魔は全て抹殺で問題ありません。しかし、人間を斬る訳には参りませんから、挑みかかる人間を殺さぬ程度に沈める作業がネックとなるでしょう」
(人間に化けた悪魔がたくさんいるとやっかいだな……)
「具体的な作戦はこうです。まず玲奈さんはバフォメットを含み、視認出来る限りの悪魔を全討伐。天使部隊は人間と悪魔の選別と討魔の兼務。レト君は玲奈さんのサポート」
「お前にレト君呼ばわれされたくないんだが」
 レトの一言で場の空気が張り詰める。千尋は何か言い返すそぶりを見せるが、溜め息をついて言い直す。
「レト様は玲奈さんのサポートをお願いできますか?」
「分かった」
 腕組みをして承諾するレトを見て、玲奈はその前に立ちはだかる。
「気分悪い。帰ってくれる?」
 語気強い玲奈の台詞に千尋もレトも焦る。
「玲奈さん!」
「千尋ちゃん黙ってて」
 珍しくキレる玲奈を見て千尋はビクッとする。
「言ったよね? 私の友達に失礼な態度をとったら許さないって」
 玲奈の本気を感じてレトも動揺を隠せない。
「帰って」
「玲奈を守るのが俺の……」
「日本語、理解出来ない? 帰って」
 言葉を遮るように強く語る玲奈の雰囲気に、レトは目線を合わせられない。
「貴方の助けはいらない。帰って」
 ハッキリ言い切る玲奈を見て、黙って立ち尽くしていたが、千尋の前に来るとレトはひざまずく。
「先程の非礼、詫びます」
 千尋はどうして良いか分からず戸惑う。立ち上がると再び玲奈の元に来る。
「玲奈、俺は天界に帰ればいいのか? それとも玲奈の家か?」
「とりあえず、私の家。千尋ちゃんに謝らなかったら天界だったよ」
「分かった。ただ、作戦の終了をここから見届けさせて欲しい。参戦はしないし邪魔もしない」
「それでいいよ」
 千尋を向き直すと玲奈はいつもの笑顔になる。
「ごめんね、千尋ちゃん。レト不参加になったから、作戦考え直して」
「わ、分かりました。それでは玲奈さんへのサポートと人間への対応を私が兼任します。玲奈さんはひたすら悪魔を討魔して下さい」
「基本的に私のやることは変わらないね」
「はい。宜しくお願いします。では突入します!」
 待機している天使の部隊と共に玲奈は施設に侵入する。レトはその様子をじっとし見守り続けていた――――


――三十分後、広大な敷地の内外で騒がしく戦いが行われる。千尋の試算で悪魔が百、人間が三百と弾く。千尋は光集束をまとった獅子王のミネで人間の信者をどんどん気絶させていく。
 千尋のミネ打ちで気絶しない人間は、たいてい悪魔が変身しているタイプなので、天使が追撃し討魔している。玲奈も千尋に負けず劣らず蛍丸を振るい、討魔を完了させていく。
 主犯のバフォメットは突入時、千尋の抜刀一尖で滅殺し、その時点で本作戦はほとんど成功したと言える。予想はしていたものの、信者のほとんどは全裸で、行為中だったケースもあり、戸惑う場面がいくつかあった。
 試算した百近い悪魔を討魔し、辺りを見回すと回復部隊の天使達が、信者への浄化を始めている。渚のときと同様、悪魔に心を奪われている人間に対する処置と言えた。不意打ちに気をつけながらも玲奈は残党がいないかチェックして回る。
 建物のほとんどを天使部隊が占拠しており、オセ戦のような危機はないと思いつつも一切気を抜かない。任務の完了までは油断をしないことを、千尋から耳にタコが出来るくらい言われている。
 通路を歩いているとキッズルームと書かれた扉が目に入る。ドアノブをねじるも鍵がかかっており開く気配はない。
(仕方ない、光固使うか……)
 蛍丸を納刀し、光集束を掌に薄く貼るイメージを作る。光集束をさらに薄く集束することで強固な膜を作る。
作った右手で力強くドアを押すと、金属部分が変形し扉が開く。
(我ながらもう人間じゃないなって感じちゃうわ……)
 再び抜刀し光集束でまとうと、警戒しながら中を照らす。予想に反して子供は一人としておらず、玩具やぬいぐるみが散乱しているのみで安堵する。中には人より大きいのでは思われる巨大なクマのぬいぐるみもある。
(こんな変態宗教施設に居たら可哀相すぎるもんね)
 踵を返し部屋を後にしようとした刹那、背後から突然毛むくじゃらの腕に抱きしめられる。
(何? 何が起こったの! まさかぬいぐるみ?)
 蛍丸で対抗しようにも背後に回られ、体格もかなり大きいようで、口も塞がれ身動きが取れない。
「美味しそうな心流使いをゲットした。邪魔が入らないうちに食っちまうか」
(ヤバイ! 光固をするにも時間が掛かり過ぎる。助けも呼べない)
 命の危険を覚えた瞬間、抱きしめられていた腕が黒い炎に包まれる。解放され背後を見ると、予想はしていたもののレトが立っていた。
(助けはいらないとキレといて、これじゃ立場がない……)
 無言で立ち尽くしているとレトが納刀し寄って来る。
(超嫌味言われそう)
「大丈夫か? 怪我はないか、玲奈?」
 本気で心配しているようで、レトは真剣な顔をしている。
(うっ、予想外の優しさだ……)
「大丈夫。ありがと」
「よかった」
 安堵の表情を見せられると、玲奈も嬉しくならざるを得ない。そこへ千尋がやってくる。
「玲奈さん。大丈夫ですか? この部屋で最後ですが」
「だ、大丈夫。レトが……」
 横を見るとレトは既に居なくなっている。
「レト君がどうかしましたか?」
「あ、うん。ごめん何でもない。作戦は終了?」
「はい、浄化も完了しました。帰ってチョコを作りましょう」
 激しい戦闘後でも女の子らしい発言をする千尋を見て玲奈は笑顔になる。橘邸に帰還後、シャワーを借り再びチョコ作りを始める。
 料理上手な千尋は初めての手作りチョコにも関わらず、プロ並の腕前をみせる。玲奈は小学生時代お菓子倶楽部で培った知識や技術があるものの、千尋の腕前に敵わず少し凹んでいた。
 出来上がったばかりのチョコを携え帰宅し、階段を上がるとレトが定位置に座っている。近くまで寄ると、姉の部屋に届かない程度の声でレトを部屋に誘う。大人しく入って来るレトに向き玲奈は口を開く。
「さっきは助けてくれてありがとう。後、感情的になってちょっと言い過ぎました。ごめんなさい」
 しっかり頭を下げる玲奈にレトは戸惑いの表情を見せる。
「いや、俺も悪かったし。謝らないでよ」
「うん。レトも悪いよ。じゃないと私もあんなに怒ったりしない」
「ご、ごめん……」
 レトはしおらしく謝る。
(なんかちょっと可哀相かも……)
「座って話そうか」
 玲奈がベッドに座るとレトも隣に座る。
「私ね、今はこんな感じで友達もいるけど、数年前から結構最近まで友達居なかったの。家でも一人ぼっちで私の居場所なんてどこにもなかった。ま、それらが悪魔のせいだったのは後で分かったことなんだけど、とにかく孤独だったの」
 過去を語り始める玲奈をレトは静かに見つめる。
「ルタに助けてもらって、悪魔から解放されて、それからは何かに導かれるように友達が出来た。家族とも仲良くなれて、なんでも言い合えて命懸けになってくれる友達に巡り会えて、本当に今の私は幸せって思えてる。だからかな、そんな大切でかけがえのない友達に失礼な態度を取ったレトが許せなかった。千尋ちゃんとは初めて会ったときも殺し合いみたいになってたでしょ? とにかく、友達を侮辱したり傷つけたりする人を私は許せないの。友達の存在が今の私の存在理由でもあるのだから」

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